2014年10月20日月曜日

タクシーストーリー第19話~猫がいなくなりました

タクシー車内の会話というのは、

奇妙なものも多い

家族や友人とは話せないようなことを、

タクシードライバー・・・他人なのに、なぜか密室で2人きりになる

風俗でもなければ、こういうシチュエーションってあまりない(たとえが下品やな)

ある日の乗務やった。

夕方18時ころの乗車。

この時間帯の乗車は意外と少ない

飲みの「帰り」のタクシー利用は多くても、「行き」は電車か歩きで行くものである。

乗ってきたのは、30前後の男性やった。

「30前後の男性」の乗車も意外と少ない

20代って働きはじめで、給料もらうと気が大きくなって、

ちょっとタクシーなんて乗ってみようかなぁ・・・

みたいな気持ちになるものだが、

だんだんと社会生活にも慣れてきて、

家族も出来たりすると、

金銭の価値が次第と現実的なものになって、

タクシーというサービスの価値が分からなくなってくる。

タクシーなんて絶対乗らへん

というのは、30代から40代くらいやろか。

50代くらいになると、子どもも働き始めたり、ローンも払い終わったりして余裕が出てきて、

面倒やったり、かっこつけたかったりしてタクシーに乗り始める

一度乗り始めたら癖になるもので、

まあほんまに便利なもんやからね

まあとにかく30前後ですよ。

「こんばんは」

「こんばんは」

「どちら行かれます?」

谷町を北に向かって走っていた。

「豊中・・・の方なんですけど」

豊中か、悪くない。

比較的客の質も良い地域である(「質」の悪い地域ってどこや?)。

「分かりました。新御堂で上がりましょか?」

「あぁ・・・任せますよ」

「任せる」という客は意外とくせ者である。

こういう客はちょっとでも遠回りすると、めっちゃ突っ込んでくる。

自分で細かくルート指示したら突っ込みようがないから、

運転手をいじりたいから「任せる」という客もいる

要注意やで!

「新御堂上がって、江坂ら辺で降りて、176出たらよろしいですか?」

後で突っ込まれないように、細かくルート確認する。

「あぁ・・・任せますよ」

どうやら、ルートはどうでも良さそうである。

何か話したそうな空気である

客から切り出さなければ、黙っているのが基本だが、

近場の場合は黙っていたら空気が張り詰めることもあるので、こっち(運転手)から切り出すこともある。

この場合は近くもないが、

「話したい」客の空気を掴めるほどには、この仕事に入れるようになってきた。

「お客さん・・・(寂しそうですね)」

「・・・」

ルームミラーに移った客の目がぶつかってきた。

「なんかあったんですか?」

「なんで分かるんですか」

俺はちょっと余裕の笑みを浮かべてみた。

この場合はベテランを装った方が良い。

直感的に演技していた。

「目をみたら分かりますよ。身近な人に何かありましたか」

ちょっとギャンブルしてみた。

間違っていたら、この後の対応がややこしくなるが、

客の気を損なわなければ、

金さえもらえたら良い(言うな)。

ルームミラーの客の目が離れた。

「あの・・・、まあ、良いです」

間違いない。

この人は何か悩みを抱えている

俺は占い師のような心境になってきた。

「奥さんと、何かありましたか?」

これがツボにはまれば、この客俺のもんや(現実的にこんな質問ご法度やで)。

この世界ただ闇雲に走っているだけでは、金にならない。

何人かの「固定客」を持っている人がやっぱり安定して稼いでいる

俺もそろそろ「顧客」 が欲しい。

と思い始めた頃であった。

「いえ・・・結婚はしてません」

えー!独身やったん。

めっちゃ外したやん。

もうダメや・・・

まだ「本物」のタクシードライバーになりきれてへん

沈みかけたそのとき、

「30前後」の乗客は言った。

「猫がいなくなりました」

想定外の展開やった。

「猫・・・ですか」

 

2014年10月13日月曜日

タクシーストーリー第18話~熱く行こうぜ!

タクシーに海苔始めて半年・・・(変換間違えてるから)

いろんなことがあった

普通の仕事してたら、絶対こんな経験出来ひん。

やっぱタクシー乗って良かった

そんな風に感じ始めていた頃

事務所の山下さんと久々に言葉を交わす機会があった。

「どうや。うまくやってるか」

納金のとき、向こうに座ってた山下さんが俺に声をかけてくれた。

いつもは知らん顔してPCに向かっていたのに・・・

「はい・・・なんとなく・・・」

「『なんとなく』なんや?」

「なんとなく、タクシーのことが分かってきました」

山下さんは、PCから目を離して笑い始めた。

「ハハハ、面白いな」

席を立って、納金カウンターに歩み寄ってきた。

「何が・・・面白いんですか?」

何を言われるか、大体分かっていた。

「半年でタクシーが『分かった』か?面白いな」

ものすごい威圧感だった。

「だから、『なんとなく』って・・・(言ったやないですか)」

山下さんは、カウンターに両手をついた。

俺の目をぐっとえぐってきた。

「お前、まだタクシーのこと甘く見てるやろ」

ぐっと重い言葉やった。

そしてもう一度、その「重い一言」をぶつけてきた。

「バカにしてるやろ!」

何も言えなかった。

そんな気は全くなかったつもりだが、

これほど熱くぶつけられたら、何も言えなかった。

「タクシーってのはな、分からん連中には『バカにされる』職業や

今はな

でもな、そんな奴ら見返したるっていう気持ちがなかったら

今の日本ではこの仕事つとまらへんねん

まっすぐにな、

目の前の利用者

そして自分の職業見つめて、

よそからな、何を言われようと、

自分のやってる仕事

心から愛する気持ちがなかったら、

この仕事続かへん

いや、どんな仕事でも同じや・・・

でもこの仕事で違うのは「覚悟の大きさ」かもしれん

お前に、そういう覚悟あんのか

それが聞きたいねん。

お前はまだ若い。

そういう『若い奴ら』が熱い気持ちで、

プライド持って、この仕事しなんだら、

タクシー変わらへんで。

まだお前どっかでタクシーのことバカにしてへんか?

それが聞きたいねん」

ものすごい威圧感やった。

ものすごい熱さやった。

「覚悟」という言葉

その重さを考えていた。

自然と、口から出た言葉があった(プロジェクトXか)。

「俺・・・タクシー好きです」

山下さんは、俺の目から目を離さなかった。

「『好き』だけか?」

それ以上の言葉を発するには時間がかかった。

俺も山下さんの目を見据えた。

「愛してます」

 山下さんは右手を大きく上に挙げた。

「『いいね(LIKE)』やない(フェイスブックか)、『ラブ(LOVE)』やな?」

「はい、・・・LOVEです」

俺は、その右手に自分の右手を強く重ねた。

「世の中変えよう」

「はい!」

「熱く行こうぜ!」

その右手の熱さに俺は人生を捧げようと思った(この2人酒入ってるな・・・)


2014年10月7日火曜日

タクシーストーリー第17話~あの女性かも

ガ、ガ、ガー・・・あのときの・・・神社まで来てもらえますか」

無線機を握って応答しようとしたが、思いとどまった。

携帯電話でオペレーターに電話を入れる。

「あの・・・今配車ありました?」

「え??なんの?」

「いや、あの、無線鳴ったんですけど、ちょっと聞き取りにくかったんで」

「はぁ・・・きっと近くの無線が混線してるんやろ」

アナログ無線では、「混信」というのがしばしば生じる。

周波数や物理的な距離が近かったりすると、他の交信が入り込んでくるのだ。

それに比べて、デジタル無線は基本的に電波変調が暗号化されるために混信は生じない。

※2016年5月までにすべてのタクシー無線のデジタル化が義務付けられている。

それからは瓦町周辺を通過する度に、女性の声が「混信」してきた。

「ガ・ガ・ガー・・・こんばんは・・・今日は来てもらえますよね」

 俺は無視して走った。

というより、応答のしようがない。

無線を使って応答すれば、当然オペレーターに通じることになる。

それならそのエリアを避けて走れば良いのだが、

俺は敢えて松屋町筋を走った

仕事的になんとなくリズムが掴めたことと、

やはりどこかでその女性の声が気になっていた

あの女性かもしれない・・・

梅雨の始まったころだった。

乗ってきた女性は行く先も言わずに写真を差し出した。

「この神社へ行ってもらえますか」

新人だった俺は、どうして良いかも分からずに、とにかく車を走らせた。

「わたしの子どもがあの神社にいるんです」

少し話を聞くと、女性の子どもさんは病気で亡くなったらしい。

それなら神社でなく、寺院(墓地)なら分かるのだが・・・

女性の見た目は20代前半

とにかく話を聞いてほしい

という空気が背中に重くのしかかっていた。

「あの・・・若い頃にお子さん産んだんやね」

どこまでの会話が失礼になるのか不安もあったが、

何より行き先を言わずにタクシーに乗ってくること自体が「失礼」やないか。

という開き直りもあった。

「いえ、子どもは産んでません」

「え??どういうこと?」

「神社で子どもが待ってるんです」

俺はルームミラーを見た。

しっかりとした目で前を見据えている姿は妙に美しかった

しかし美しかろうと何だろうとこれ以上異常者の相手をしている暇はない。

一応俺は「仕事」をしているのだ。

俺は車を左に寄せて停めた。

「一応ここ有名な神社(生国魂神社)だから、ここでお子さん探してみたらどう?」

後部座席で女性は外を見つめていた。

こんな女性と、出来るならもう少し空間を共有したかった

もし女性が「正常」であれば・・・

仕事である限り、金をもらえなければ時間とか空間とかロマンチックな話をしている場合ではない。

「660円になります」

大きな500円玉の行灯を乗せたタクシーが隣を通過した。

大阪が「安売り戦争」に突入していく頃だった。

女性は財布から千円札を出した。

その瞬間(もう大丈夫と)俺はドアを開けた。

「これでコーヒーでも飲んでや」

釣りを要求せずに、女性は車を降りた。

その行動と、その口から発せられた言葉があまりにもイメージとかけ離れていたので、

俺はしばしその場所から動けなかった。

開いたドアから湿った風が入ってきた。