2014年7月29日火曜日

タクシーストーリー第13話~初乗務

側乗研修を終えて、いよいよ初めての乗務を迎えた。

4月21日、7時の点呼を終えて、IDカードを通して、

運転席に座った

スーパーサインの裏に乗務員証をセットした。

自分の中で、何かのスイッチが入った気がしたが、それが何のスイッチなのか自分でもわからなかった。

ゴールデンウィーク前だったが、朝から何となく気温の高い日だった。

車庫を出ると、とりあえず(大阪新人の登竜門と言われる)阪急3番街に向かった。

3番街の入り口は並ぶこともなく、ロータリーに入れた。

少しホッとした

3番街ロータリーが満車だったときは、手前のヘップ前などに並ばないといけないのだが、朝の梅田周辺は戦場で、新人が闘うには大きなストレスを感じるところだった。

ロータリーに入ると、気持ちを落ち着かせるのに少し時間がかかった

地図を見て、いろんな行き先(天六、心斎橋、なんば・・・)とルートをイメージする。

後ろからクラクションを鳴らされた。

前を見ると3台分ほどのスペースが空いている。

慌てて、車を前に詰めるといつの間にか先頭から2台目になっていた。

朝の梅田は動きが早い。

前の車に女性客が乗った。

いよいよ花番(待機先頭、鼻番とも言う)である

あっという間にここまで来たが、

ここからは長かった・・・

待てども、待てども客は乗ってこない

ここまで来たら、早く乗ってほしい

花番の重圧、ストレスはすごいものがあった

時計を見ると、実際は5分ほどしか待っていなかったのだが、感覚的には1時間ほども待っていた気がした。

「コン、コン」

前方ばかり見ていたが、いつの間にか後ろからドアをノックされた。

慌ててドアを開けると、客がのけぞっているのがフェンダーミラーにやけに大きく映っていた。

「何すんのや!あぶないなぁ」

「どうも・・・申し訳ありません・・・」

乗ってきたのは、40代前半に見える男性だった。

身長は170センチ前後、痩せ型で、頭はボサボサだったが、妙に威圧感があった。

後で考えると、業界(テレビ)関係者だったんやろか。

「・・・あの、どちらへ行かれますか?」

「インターナショナル」

「・・・インターナショナルですか?」

散々イメージして復習した、「想定行き先」にはない響きだった。

「あの・・・空港の国際ターミナルのことですか?」

「あんた若いのに中々(嫌味)言うやん。阪急の乗り場で『インターナショナル』言うたら決まってんやろ!阪急インターナショナルや!はよ行け!急いどんのや」

客は半分キレていた。

なんでこの人、行き先確認しているだけでキレるんやろ。

このときの俺には分からなかった。

「阪急インターナショナルと言うと、そこの茶屋町のですか?」

「行けへんのか?行けへんならはよ言ってくれよ。とぼけやがって。こっちは急いどんねん。乗車拒否でタクセンに電話すんぞ」

「いえ・・・すみません。分かります。行きます。近い方がありがたいです」

俺はアクセルを踏んだ。

「いちいち引っかかんなぁ・・・あんた嫌味言っとんのか、天然なんか分からへんな」

芝田の信号へ出て右折、済生会(病院)前を右折、すぐに右手に阪急インターナショナルが見えた。

「こちらですね!」

初めての客を、目的地に送ってきた。

達成感から自然とテンションが上がった。

「・・・『こちら』ですけど、こんな混んどる時間にこっちからどないして(ホテル車寄せに)入んねん。ええ加減にせえよ」

左折進入がタクシーの基本であることは研修では習ったものの、頭から消えていた。

※筆者は明石家さんまさんを乗せて、(梅田からではないが)同じ失敗をしたことがある。

この場合は、(どちらにしてもワンメーターは変わらないので)芝田1信号を右折、一方通行から新御堂側道へ入り、鶴野町北信号をまた左折、このルートで行けば、ホテルに「左折」で入ることが出来る。

「あの・・・どう致しましょう・・・実は今日初めて(タクシーに)乗る新人なんです」

「もうええわ!ここで降りるわ。地下から向こう渡れるから」

「申し訳ありません」

「ええ、ええよ、もう。でもな、お兄ちゃん。新人なら新人、分からんなら分からん、もっと早く言わなあかんで」

「はい・・・どうもすみません」

「まあ、遅かったけどな、言ってくれたら悪い気持ちはせんわ。これ少ないけど取っとき。今日のこと忘れんとがんばりや」

 メーターは660円で止まっていた。

紙幣がコンソールボックスの上に置かれていた。

俺は屈辱感からしばしその場所に停まっていた。

息をついた。

次行こう、

前行こう

紙幣を上着のポケットに入れようとして、手が止まった。

1万円札だった。


2014年7月15日火曜日

タクシーストーリー第12話~ここからはじまる

地理試験は思いのほか難しかった。

大学受験を始め、いくつかのIT関係の資格試験を難なくこなしてきた自分だったが、

意外と身近にあることが分かっていないことに気づかされた

絶対に落ちたくなかったから、猛勉強した。

それでもイージーにスルー出来なかった。

こんな風に横文字を使える自分は何の役にも立たない・・・

合格して心から嬉しかったのは初めてかもしれない

翌日会社へ戻り、チケットやメーターの取扱い等の研修を受けて、写真を撮って、

乗務員証を渡された

明日から本当にタクシーに乗る。

本当にこれで良いんやろか・・・

今まで何度も考えていたことを、今更とは思いつつもまた考えざるを得なかった。

事務所を出て、帰ろうとしたとき見覚えのある女性とすれ違った。

「あれ?」

「あ・・・吉林さん?」

教習所で一緒だった女性だった。 同じ会社に入ると聞いていた。

「久しぶり、研修終わったん?」

「あ、あぁ・・・そっちはこれから?」

「うん、ちょっと前の仕事のクロージング(引き継ぎ)とかあって」

「あのさぁ・・・ほんまにタクシー乗るつもり?」

「 どういうこと?」

「いや、あの・・・タクシーってなんか、イメージっていうか・・・吉林さんみたいな(若くてインテリっぽい)女性が乗るのって勇気いるのかな、って思ったりして」

「はぁ・・・イメージね。確かに、そういうのはあるかもしれないけど・・・わたしも偉そうに言うほど社会経験積んできたわけじゃないけど、仕事ってある意味『イメージを変えていくこと』なんかなぁと思うんやけど」

「『イメージを変えていくこと』・・・(『この日本・・・世の中を変えたい』???)」

確かに、あるもの・・・それが商品であってもサービスであっても、それを売ろうとしたとき、全く同じものを売り続けていたら、いずれ消費者に飽きられるか、または競合企業にシェアを奪われていく。

だから何かを変えなければいけない

それは製品やサービスそのもの(の質を高めること)かもしれないし、消費者への伝え方(広告)を変えたり、提供する場所を増やしたり移動したり、それも出来なければ価格を変えたり(下げたり)・・・確かにそれら全てがイメージのトランジションかもしれない(もう横文字いいから)。

「そう、もしそうだとしたらタクシーに乗ることって『イメージを変える』壮大なプロジェクトのような気がして」

「『壮大なプロジェクト』・・・」

「わくわくしない?」

俺が今まで働いてきたIT業界は「イメージ」というか既成概念を変えることに世界中の多くの秀才が日々凌ぎを削っている、その中で自分が存在感を示すのは容易なことではない。

仕事をすること自体が難しくなっている

しかしタクシーならどうだろう

吉林さんのような若くてきれいな女性でなくても、俺のような男でも、「若い」というだけでクライアント(顧客)にインパクトを与えることが出来る。

何より今までと大きく違うのは、

目の前の利用者とマンツーマンで仕事が出来る

ことである。

ちょっとしたサービスで、気の利いた会話で、それを積み重ねることで、目に見える形で仕事が出来る。

「地理試験どうやった?」

性格悪いと思っていたこの女性が、子どものようないたずらっぽい笑みを浮かべて聞いてきた。

「ちょろかったよ」

俺も笑った。

「仕事楽しんでね」

「サンキュ」

親指を立てて別れた。

駅前の焼き鳥屋に一人で入った。

ビールがうまかった

ここから数々のドラマがあることは、何となく予想出来た。