2014年12月31日水曜日

2014年を振り返って

今年タクシー業界において、どのような流れがあったのか簡単に振り返ってみよう。

今年のニュースとしてのトップは、なんと言っても世界的に旋風を巻き起こしている配車アプリ「Uber(ウーバー)」の上陸だろう。

ウーバーは世界の各都市で、ドライバーという資源を持たずに、スマートフォンをプラットフォームにした新しいサービスを提供している、いわゆる「ベンチャー企業」である。

2009年にシリコンバレー(アメリカ)で生まれたこの会社は、ビジネスの世界では非常に高い評価を得ているが、「タクシー」というレトロな世界にはなかなか馴染まない。

子供たちが楽しく遊んでいる公園にある子どもがPCを持ち込んで、すべり台を降りるスピードや、ぶらんこの回転角度を計測して子どもたちをランクづけし始めたような感じだろうか。

見ている親たちや優秀な子どもにとっては面白いかもしれないが、長い時間をかけて築かれた公園の「序列」を打ち砕かれたガキ大将たちにとってはたまったものではない。

各地でウーバーを排除しようとする動き(今年ロンドンやパリで起きたデモなど)が出ている中、日本(東京)ではまだ大きな動きは出ていない。

ここでは「過剰」とも言われている日本のタクシー規制がバリアになっているのかもしれないが、まだ拒否反応が出るほどに日本ではウーバーが普及していないとも言える。

それなら今後、いや来年あたり日本でもウーバーが暴れまくるのか?

俺はそうは思わない。

日本では法人タクシーの割合が多く、東京ではその大手(日本交通など)が既に自社製の配車アプリを提供している。何より年金をもらっている法人の高齢ドライバーが思い切って登録するほど、メリットや(デジタル)ナリッジあるとは思わない。

個人タクシーがウーバーに流れたとしても、約5分の1では利用者の利便性は限られる。

日本のスマートフォンの普及率(約40%)も先進国の中では低いが、それは(日本特有の)高齢化社会も一つの理由と言える。

タクシー利用も日中は高齢者が多く、今後さらに進んでいく高齢化の波の中で高齢者がウーバーでタクシーを呼ぶ日が来るとは思えない。

深夜においては需要も多く、供給(運転手)が減少していく中でアプリ呼び出しによる「縛り」は有能なドライバーは感覚的に拒否するだろう。

ということで今年表の話題はウーバーのような配車アプリによるものが多かったが、潜在的には「供給不足(人手不足)」が少しずつ実感を伴ってきたのが裏の話題と言えるだろう。

来年以降タクシーにおける人材不足はどんどん表の話題になってくる可能性がある。

これは現在運転席に座っているドライバーにとってはある意味「朗報」だが、ここで「質」を落としてしまってはこの世界は変わらない。

言いたいのは、

今後これ以上運転手は増えない、もう排除する必要はありませんよ

ということである。

いかに優秀な若い人材をこの業界に取り込んでイメージを上げていけるか

それこそが現役ドライバーにとっても利益になるということに気付かなければならない。

そのためには、単なる「移動する箱」ではなく、「情報の詰まった空間」であることを可視化していくことが必要なのかなと感じている。

タクシー1台、1人の運転手が持つ情報は限られているが、その一つ一つの点を集めていけば車内にはネットなどでは得られない情報が溢れている。

その「情報の海」に俺は魅力(ビジネスチャンス)を感じているのだが・・・

日本中の公園における「知恵」を集めたら、今までにない「テーマパーク」が出来るんじゃないかと夢を膨らませて、新しい年を迎えようと思います。

2014年12月25日木曜日

タクシーストーリー第23話~メリークリスマス



12月に入るとタクシーの利用は増える

感覚的に分かってはいたが、

これほどとは思わなかった

今まで一生懸命研究してきた「(客のいる)ルート検索」など全く意味をなさない

何しろ、どこに行っても客がいるのだ

道行く人はすべてタクシーを探している

そんな錯覚を起こしそうなくらい

街は人に溢れ、

そしてその多くがひょいひょいと手を挙げて、タクシーを停める

こうなるとある種のリズムみたいなものが生まれてきて、

停めて、走って、乗せる

その繰り返しである

このリズムが生まれてくると、行き先を言われた途端にルートもパッと頭に思い浮かぶ。

不思議なものでなかなか乗せられないときは、行き先を言われても、「・・・えーと、あそこから・・・そうか、あの道入って・・・」

と時間がかかるが、仕事のインターバルが短くなるほどに頭の回転も早くなる。

クリスマスが近づくにつれて、若い男女の乗車も増えてくる。

しかし、期待したイブの夜はさっぱりだった

車の数は減り、街を歩く人並みも見るからに少なかった。

夕方暗くなり始めた頃、苦し紛れに御堂筋を走っていると、本町あたりで手があがった。

若い女性だった

ドアを開けると、女性はそれほど急いだそぶりも見せずに後部座席に腰を降ろした。

黒っぽいビジネススーツを来て、茶髪のショートヘアは見事にカールがかけられていたが、

その顔は見覚えがあった

「あっ」

俺は思わず声をあげた。

「あぁ・・・、あの」

女性も何かを言いたそうにしていた。

名前が出てこないのだろう。

「地理試験のとき会いましたよね。・・・あ、なんばまでお願いします」

「あぁ・・・とんでもない偶然やね」

俺も名前が出てこなかったが、目の前にいる女性が地理試験を抜群の成績でパスした女性であることはとりあえず認識できた。

「偶然・・・偶然かぁ、偶然ねぇ」

女性は「偶然」という言葉を繰り返した。

「逆に、この世の中で偶然でないことを探す方が難しいのかもしれないわね」

突然意味深なことを言うやんか。

「どうやら、運転手をしている服装には見えないけど」

女性はどう見ても、「仕事中」という出で立ちだった。

「うん、結局コンサルなんかの仕事がどんどん入ってきて・・・出来る女は辛いわね。やりたいことも出来ない」

ルームミラーを見ると、女性の大きな目と目があってドキッとした。

「タクシーが『やりたいこと』だったわけ」

「もちろん」

「また、どうして?」

「あなたは、どうしてタクシーに乗りたいと思ったの?」

突然振られた質問ではあるが、今までに何度となく聞かれている質問でもある。

その度に、その場しのぎの適当な答えをしてきた気がするが、

このときは少しじっくりと考えてみた

一体なぜ俺はタクシーに乗ろうと思ったんだろう。

「一人・・・」

「え?」

「一人になりたかったからかな。それまでの仕事がほんまに忙しくて、周りの人間に気を使ったり、PCの画面とにらめっこしたり、なんか自分がどんな人間なのか自分でも分からなくなってきて」

「ふんふん・・・説明下手やけど、なんか分かる気がするわ」

「一人になって自分を見つめ直したかった・・・のかな」

「それで、何か見つかった?」

この質問は始めてやな。

何か見つかったんやろか。

多くのものを見つけた気もするし、何もまだ見つけていない気もする。

「分からないな。まだ(タクシー乗り始めて一年も経ってないし)でも、この先何か見つかりそうな、そんな予感はするよ」

「なんか、ちょっと羨ましいな」

女性は窓の外を見ていた。

グリコの看板が左手に見えていた。

「それで・・・そっちは、なんでタクシーに?」

「うーん・・・なんでかしら、ハハ」

「ハハじゃないやろ。何かヒントをくれよ。この先何か見つけるための」

「わたし、今からなんばのホテルでセミナーの講師やるの。テーマは『女性の起業とマネジメント』、カッコいいでしょ?」

「・・・」

「18時からのスタートで参加者は30名、定員がすぐに一杯になるくらい人気なんだから」

「自慢話?」

「参加者は事前に決まってるし、ほとんどが女性、それもビジネスをしようとか、少なくとも興味のある人たち。話す内容も大体同じなのよね。そのときの時世の変化はフォローしていくけど、ビジネスに関することって基本的に不変のものだから」

「確かにね」

「何も決まってないことをやってみたいっていう気持ちかもしれない。タクシーに乗ろうと思ったのって。何かのキャリアを築くのって基本的に同じことの繰り返しをしながら、そのクオリティをブラッシュアップしていくみたいなところがあるけど、ある程度出来上がって(慣れて)来ると仕事の効率は上がるけど、面白みはなくなるみたいなところがあって」

「分かる分かる」

「どこかで急に時間の流れが早くなるのよ」

「『時間』的な概念ね(収入ではなく)」

「『偶然』ってなんか素敵な響きがあるでしょ」

「偶然ねぇ・・・確かに、この仕事偶然の繰り返しで、時間はゆっくりと流れていく気はするよ」

「その『ゆっくりとした時間』も魅力的」

なんば駅のロータリーを横目に、ホテルのエントランスに車を入れた。

「正面に付けて良いのかな」

「お願いします、近いところでごめん」

「いえいえ、良い仕事してください」

ホテルの正面玄関に付けると、俺がドアを開ける前に身長190センチはあるかというベルマンが近づいてきて、徐にドアを開けた。

女性は支払いを済ませると、今まで俺なんかと一言も会話をしていなかったかのような表情で車を降りた。

俺もそれに合わせて、何事もなかったように前を向いてドアを閉めた。

車を出す瞬間、横目で見ると、女性が回転ドアでホテルに入っていくところだった。

少し目があった

こちらに向かって何か小さく口を動かした。

「メリークリスマス」

聞こえるはずがないのに、確かにそう聞こえた。

ラジオからずっと流れていたクリスマスソングに、このときやっと気づいた。

前を見ると、大きなクリスマスツリーが青く光っていた。



 

2014年12月10日水曜日

タクシーストーリー第22話~猫がいなくなりました4

「タクシーの運転手さんって、好きな人多いって聞いたことあるんですけど・・・」

タクシードライバーに薬中が多いというのは業界の「神話」になっているが、果たして本当にそうなんだろうか。

麻薬にハマる奴らを自分は知らないが、確かにいるのかもしれない

しかし一般的に薬中は存在するわけで、

運転手にその率が多いのだろうか

それは詳しいデータを見たわけでもないので真偽のほどは分からないが、

車内で自分だけのスペースを持つことの出来る仕事だけに、他の煩わしい仕事に比べたらそういったものに「手を出しやすい」ことは認めざるを得ない。

心の弱さ

それは、タクシーに限らず人間の持つテーマである。

欲望に流されるか、踏みとどまるか

ときには、

欲望を抑えたために後悔することもある

恋愛にしても、起業にしても

「あのとき勇気を出して、勝負していたら・・・(『前向きに』人生は変わっていた)」

なんてこともあるだろう。

しかし「後ろ向きに」人生が変わることもある

何度も言うが、これはタクシーに限ったことではない。

弱い人間たちの話である

それなら、タクシーという世界に「弱い人間」が多いのか?

今のところこの質問には、「イエス」と言わざるを得ない。

まだまだこの世界は浄化されていない。

だからこそ俺たちのような「若者」がこの世界には必要なのだ

俺は少しトーンを変えた・・・いや自然と変わっていた。

怒りがこみ上げてきた。

「それはどういうことですか?」

「・・・いえ、あの・・・タクシー運転手さんって、あの・・・なんかそういうイメージがあって・・・」

「どういう『イメージ』ですか?」

「なんか車内でいろいろ・・・」

「『いろいろ』、なんですか?」

ルームミラーを見ると、乗客は目を逸らしていた。

それだけ俺のトーンが上がっていたともいえる。

「すみません・・・忘れてください」

俺はフッと、一息ついた。

でも言いたいことは言っておかなくてはならない。

業界のために、全国・・・いや世界中のタクシー運転手のために(大げさやな)

「忘れませんよ」

「はい?」

乗客の声が震えていた。

「あなたの言葉は、わたしが運転手を続ける限り忘れることはないと思います。

わたしは・・・自分で言うのもなんですがまだ若いですし、

タクシーに乗り始めて正直まだ日も浅いですが、

この仕事が楽しくてたまらないんです。

日々楽しさが増していきます。

でも乗客と話したり・・・プライベートでも、この世界に対する『イメージ』の悪さを実感しています。

なんでそんな風に見られるんやろって、

やりきれない思いをすることもあります。

あなたは車内で大麻を吸ってる運転手を見たことがあるんですか?」

「・・・いえ」

「運転手で麻薬にハマってる知り合いがいるんですか」

「・・・いえ」

「ではなぜそういうことを言われるんですか?」

「・・・あの、『イメージ』です」

俺たちはこの「イメージ」と戦わなくてはならない。

形ないものだからこそ、なかなか消えないこの巨大な「塊」に立ち向かわなくてはならない。

それは先人の作った「負の遺産」なのかもしれない

しかし俺の接している「先輩達」の中には、本当に心の許せる、かけがえのない「チームメイト」もいる。

いや日本中の、世界中のタクシードライバーが「チームメイト」なのである(飲みすぎやって)。

「イメージでものを言わないでもらえますか」

「はい・・・申し訳ありません」

客に対して、ここまで自分のペースで突っ込める仕事が他にあるだろうか。

「ところで・・・猫は・・・?」

「はい・・・もういいです」

「でも大麻いうても、外から見たらタバコと変わらないんちゃいますか?猫が珍しそうに見る理由がないやないと思うんですけど」

「いえ、タバコとは見た目が違うんです」

「水パイプとか」

「はい、なんでそんなこと・・・(知ってるんですか)?」

「イメージです」

目的地に着いた、メーターは3千円と少し、

長い時間に感じたが、思ったほどでもない。

乗客は1万円札を置いた。

「これ、取っといてください」

「いえ・・・これは多すぎますよ」

「いいんです。そのかわり、ここで話したことは誰にも言わないでください」

「・・・(そういうことなら)分かりました」

ドアを開けると、乗客はゆっくりと降りていった。

ドアを閉めた。

1万円札を上着のポケットに入れようとして、手が止まった。

新札の1万円札は数えたら、5枚重ねられていた

そんなことあるかって?

ありますよ

疑うなら一度タクシーの運転席に座ってみたら良いでしょう。

2014年12月1日月曜日

タクシーストーリー第21話~猫がいなくなりました3

「猫が、庭から覗いてたんですか」

客観的にそれほど珍しい話でもないような気がする。

「はい」

「『覗いていた』わけではなくて、そこにいただけなんやないですか」

猫がその辺にいることなんて、よくある話である。

それを「覗いてる」「俺を見ている」というのは、ある意味「自意識過剰」ではないか。

この仕事していて、年配の乗務員と話をすると、とにかく「自意識過剰」が多い。

「前の会社では、部長に嫌われてた」

「自分のせいでプロジェクトがダメになった」

なんていうのは、まだ控え目で良い方で、

「みんな俺を頼って、自分がいなくちゃどうにもならなくなって疲れた」

「複数の女性社員で自分の取り合いになっていられなくなった」

おいおい、

と突っ込みたくなるような「ポジティブ派」に比べたら

まあ「猫」に対する「自意識過剰」は許したくなる 。

「そんなことありません。間違いなくわたしを見ていました」

「何故そう思うんですか?」

ルームミラーを見ると、乗客はちょっとやばいくらいに目を見開いていた。

その勢いに俺は思わず(ミラー越しに)目を逸らした。

「運転手さん、『たいま』ってご存知ですか?」

「『たいま』ですか?あの時間を計るやつですか」

「それは『タイマー』です。『たいま』、草のことです」

「『草』ですか・・・『大麻草』のことですか」

ミラーは見なかったが、男性が笑みを浮かべたのが気配で分かった。

「はい 。やめられなくて・・・部屋でやってたんです」

どうリアクションしたら良いんだろう。

話は面白くなってきたのかもしれないが、さすがにそこまで冷静になれなかった。

ハンドルを持つ手が震えてきた。

そこまで話さなくても・・・

「あの・・・」

何か言おうとした俺の言葉を遮ってくれたことに少しホッとした。

「それで彼女にも逃げられました。新しい家で、一緒に住み始めて、彼女にも勧めたんです。今思えば、彼女も苦しんだんでしょうね。苦しんだ末に家族(両親)に話したみたいです」

「はぁ・・・」

「あるとき彼女の親父さんが家に乗り込んできました。食事中でしたが・・・テーブルの皿をかき回して、そのうちの1枚をわたしに向かって投げてきました」

「奥さん・・・いえ、その・・・(彼女も)そこにいたんですか」

「はい、泣き喚いて叫んでいましたが、何を言っていたのか今でも思い出せません。そのまま父親が彼女を連れ帰って、その後は連絡も取っていません」

「携帯は・・・」

「番号を変えたみたいですね」

次に何を話したら良いんだろう。

「それで、猫は・・・」

「そのときもずっと見ていました」

2014年11月9日日曜日

タクシーストーリー第20話~猫がいなくなりました2

「猫がいなくなりました」

「・・・猫・・・ですか」

予期していなかった答えに俺は言葉につまった。

客の雰囲気を見て、

何か話してほしい

タクシー車内では密室の空気に乗せられて(又は運転手の話術に乗せられて)、とんでもないことを話してしまう客もいる。

この人、これ話すの多分初めてやろなみたいな、

「かみさんと喧嘩してさ・・・」

「(さっきまで一緒に乗ってた友人が降りた瞬間に)ほんまはあいつ大嫌いやねん」

「(仕事の重大なミスを)誰もわたしのミスって気づいてないんですよ」

「昨日親に内緒で腰にタトゥー入れちゃいました」

というカミングアウト的な会話は、

「えー!!そんなこと言っちゃっていいんですか!(ウィスパーか)」

と言いたくなるほど最高にエキサイティングやったりする。

しかし、

「猫がいなくなった」

・・・面白くない。

別に俺に話さんでもいいやんみたいな(お前が突っ込んだんやろ)

だからと言って、

「猫がいなくなりました」

「あぁ、そうなんですか」

で終わらせられる話でもない。

厄介やな・・・と思いつつも、

「猫飼ってはったんですか」

当たり前というか、差し障りのないところを突いてみた。

「いえ、猫は飼ってません」

「・・・」

おいおい、どないやねん。

この後どう繋げたら良いねん。

幸いにも相手が繋げてくれた。

「家の庭からいつも覗いてた猫がいたんです。その猫がいなくなったんです」

「(『庭』ということは)一軒家にお住まいなんですか」

郊外とは言え、30前後で一軒家に住んでいるというのはちょっと気を引いた。

と言ってもパラサイト的に親と同居しているだけかもしれない。

「はい、昨年購入しました。50坪の土地に2階建て一人住まいです」
 
豊中に、一人(独身)で家を買って住む・・・

面白くなってきた(結局は他人事やんな)。

「購入されたって、ローンとか組みはったんですか」

「はい、中古ですけど、4000万の35年ローンです」

考えられない。

まあ、それなりに収入良いのかもしれへんけど、銀行もよく貸すよな。

「何でまた・・・(そんな思い切ったことを)」

「約束してた人がいたんです」

「約束って・・・?」

「婚約してました」

それで家を買ったわけか。

「婚約してた」人が、「昨年」家を買って、今独身一人暮らしということは、

おそらく逃げられたんだろう。

面白い・・・が、当然そこに直球で突っ込むわけにもいかない。

空気読もう。

何でこの人は俺にここまで話してくれたんだろう

そうや、猫や。

猫ってなんなんやろ。

「ところで、猫がいなくなったって、どういうことなんですか?」

 「ずっと見てたんです。彼女(婚約者)が出ていってから、庭からずっとわたしのことを見ていたんです」

 「はぁ・・・その猫が」

「いなくなったんです」

2014年10月20日月曜日

タクシーストーリー第19話~猫がいなくなりました

タクシー車内の会話というのは、

奇妙なものも多い

家族や友人とは話せないようなことを、

タクシードライバー・・・他人なのに、なぜか密室で2人きりになる

風俗でもなければ、こういうシチュエーションってあまりない(たとえが下品やな)

ある日の乗務やった。

夕方18時ころの乗車。

この時間帯の乗車は意外と少ない

飲みの「帰り」のタクシー利用は多くても、「行き」は電車か歩きで行くものである。

乗ってきたのは、30前後の男性やった。

「30前後の男性」の乗車も意外と少ない

20代って働きはじめで、給料もらうと気が大きくなって、

ちょっとタクシーなんて乗ってみようかなぁ・・・

みたいな気持ちになるものだが、

だんだんと社会生活にも慣れてきて、

家族も出来たりすると、

金銭の価値が次第と現実的なものになって、

タクシーというサービスの価値が分からなくなってくる。

タクシーなんて絶対乗らへん

というのは、30代から40代くらいやろか。

50代くらいになると、子どもも働き始めたり、ローンも払い終わったりして余裕が出てきて、

面倒やったり、かっこつけたかったりしてタクシーに乗り始める

一度乗り始めたら癖になるもので、

まあほんまに便利なもんやからね

まあとにかく30前後ですよ。

「こんばんは」

「こんばんは」

「どちら行かれます?」

谷町を北に向かって走っていた。

「豊中・・・の方なんですけど」

豊中か、悪くない。

比較的客の質も良い地域である(「質」の悪い地域ってどこや?)。

「分かりました。新御堂で上がりましょか?」

「あぁ・・・任せますよ」

「任せる」という客は意外とくせ者である。

こういう客はちょっとでも遠回りすると、めっちゃ突っ込んでくる。

自分で細かくルート指示したら突っ込みようがないから、

運転手をいじりたいから「任せる」という客もいる

要注意やで!

「新御堂上がって、江坂ら辺で降りて、176出たらよろしいですか?」

後で突っ込まれないように、細かくルート確認する。

「あぁ・・・任せますよ」

どうやら、ルートはどうでも良さそうである。

何か話したそうな空気である

客から切り出さなければ、黙っているのが基本だが、

近場の場合は黙っていたら空気が張り詰めることもあるので、こっち(運転手)から切り出すこともある。

この場合は近くもないが、

「話したい」客の空気を掴めるほどには、この仕事に入れるようになってきた。

「お客さん・・・(寂しそうですね)」

「・・・」

ルームミラーに移った客の目がぶつかってきた。

「なんかあったんですか?」

「なんで分かるんですか」

俺はちょっと余裕の笑みを浮かべてみた。

この場合はベテランを装った方が良い。

直感的に演技していた。

「目をみたら分かりますよ。身近な人に何かありましたか」

ちょっとギャンブルしてみた。

間違っていたら、この後の対応がややこしくなるが、

客の気を損なわなければ、

金さえもらえたら良い(言うな)。

ルームミラーの客の目が離れた。

「あの・・・、まあ、良いです」

間違いない。

この人は何か悩みを抱えている

俺は占い師のような心境になってきた。

「奥さんと、何かありましたか?」

これがツボにはまれば、この客俺のもんや(現実的にこんな質問ご法度やで)。

この世界ただ闇雲に走っているだけでは、金にならない。

何人かの「固定客」を持っている人がやっぱり安定して稼いでいる

俺もそろそろ「顧客」 が欲しい。

と思い始めた頃であった。

「いえ・・・結婚はしてません」

えー!独身やったん。

めっちゃ外したやん。

もうダメや・・・

まだ「本物」のタクシードライバーになりきれてへん

沈みかけたそのとき、

「30前後」の乗客は言った。

「猫がいなくなりました」

想定外の展開やった。

「猫・・・ですか」

 

2014年10月13日月曜日

タクシーストーリー第18話~熱く行こうぜ!

タクシーに海苔始めて半年・・・(変換間違えてるから)

いろんなことがあった

普通の仕事してたら、絶対こんな経験出来ひん。

やっぱタクシー乗って良かった

そんな風に感じ始めていた頃

事務所の山下さんと久々に言葉を交わす機会があった。

「どうや。うまくやってるか」

納金のとき、向こうに座ってた山下さんが俺に声をかけてくれた。

いつもは知らん顔してPCに向かっていたのに・・・

「はい・・・なんとなく・・・」

「『なんとなく』なんや?」

「なんとなく、タクシーのことが分かってきました」

山下さんは、PCから目を離して笑い始めた。

「ハハハ、面白いな」

席を立って、納金カウンターに歩み寄ってきた。

「何が・・・面白いんですか?」

何を言われるか、大体分かっていた。

「半年でタクシーが『分かった』か?面白いな」

ものすごい威圧感だった。

「だから、『なんとなく』って・・・(言ったやないですか)」

山下さんは、カウンターに両手をついた。

俺の目をぐっとえぐってきた。

「お前、まだタクシーのこと甘く見てるやろ」

ぐっと重い言葉やった。

そしてもう一度、その「重い一言」をぶつけてきた。

「バカにしてるやろ!」

何も言えなかった。

そんな気は全くなかったつもりだが、

これほど熱くぶつけられたら、何も言えなかった。

「タクシーってのはな、分からん連中には『バカにされる』職業や

今はな

でもな、そんな奴ら見返したるっていう気持ちがなかったら

今の日本ではこの仕事つとまらへんねん

まっすぐにな、

目の前の利用者

そして自分の職業見つめて、

よそからな、何を言われようと、

自分のやってる仕事

心から愛する気持ちがなかったら、

この仕事続かへん

いや、どんな仕事でも同じや・・・

でもこの仕事で違うのは「覚悟の大きさ」かもしれん

お前に、そういう覚悟あんのか

それが聞きたいねん。

お前はまだ若い。

そういう『若い奴ら』が熱い気持ちで、

プライド持って、この仕事しなんだら、

タクシー変わらへんで。

まだお前どっかでタクシーのことバカにしてへんか?

それが聞きたいねん」

ものすごい威圧感やった。

ものすごい熱さやった。

「覚悟」という言葉

その重さを考えていた。

自然と、口から出た言葉があった(プロジェクトXか)。

「俺・・・タクシー好きです」

山下さんは、俺の目から目を離さなかった。

「『好き』だけか?」

それ以上の言葉を発するには時間がかかった。

俺も山下さんの目を見据えた。

「愛してます」

 山下さんは右手を大きく上に挙げた。

「『いいね(LIKE)』やない(フェイスブックか)、『ラブ(LOVE)』やな?」

「はい、・・・LOVEです」

俺は、その右手に自分の右手を強く重ねた。

「世の中変えよう」

「はい!」

「熱く行こうぜ!」

その右手の熱さに俺は人生を捧げようと思った(この2人酒入ってるな・・・)


2014年10月7日火曜日

タクシーストーリー第17話~あの女性かも

ガ、ガ、ガー・・・あのときの・・・神社まで来てもらえますか」

無線機を握って応答しようとしたが、思いとどまった。

携帯電話でオペレーターに電話を入れる。

「あの・・・今配車ありました?」

「え??なんの?」

「いや、あの、無線鳴ったんですけど、ちょっと聞き取りにくかったんで」

「はぁ・・・きっと近くの無線が混線してるんやろ」

アナログ無線では、「混信」というのがしばしば生じる。

周波数や物理的な距離が近かったりすると、他の交信が入り込んでくるのだ。

それに比べて、デジタル無線は基本的に電波変調が暗号化されるために混信は生じない。

※2016年5月までにすべてのタクシー無線のデジタル化が義務付けられている。

それからは瓦町周辺を通過する度に、女性の声が「混信」してきた。

「ガ・ガ・ガー・・・こんばんは・・・今日は来てもらえますよね」

 俺は無視して走った。

というより、応答のしようがない。

無線を使って応答すれば、当然オペレーターに通じることになる。

それならそのエリアを避けて走れば良いのだが、

俺は敢えて松屋町筋を走った

仕事的になんとなくリズムが掴めたことと、

やはりどこかでその女性の声が気になっていた

あの女性かもしれない・・・

梅雨の始まったころだった。

乗ってきた女性は行く先も言わずに写真を差し出した。

「この神社へ行ってもらえますか」

新人だった俺は、どうして良いかも分からずに、とにかく車を走らせた。

「わたしの子どもがあの神社にいるんです」

少し話を聞くと、女性の子どもさんは病気で亡くなったらしい。

それなら神社でなく、寺院(墓地)なら分かるのだが・・・

女性の見た目は20代前半

とにかく話を聞いてほしい

という空気が背中に重くのしかかっていた。

「あの・・・若い頃にお子さん産んだんやね」

どこまでの会話が失礼になるのか不安もあったが、

何より行き先を言わずにタクシーに乗ってくること自体が「失礼」やないか。

という開き直りもあった。

「いえ、子どもは産んでません」

「え??どういうこと?」

「神社で子どもが待ってるんです」

俺はルームミラーを見た。

しっかりとした目で前を見据えている姿は妙に美しかった

しかし美しかろうと何だろうとこれ以上異常者の相手をしている暇はない。

一応俺は「仕事」をしているのだ。

俺は車を左に寄せて停めた。

「一応ここ有名な神社(生国魂神社)だから、ここでお子さん探してみたらどう?」

後部座席で女性は外を見つめていた。

こんな女性と、出来るならもう少し空間を共有したかった

もし女性が「正常」であれば・・・

仕事である限り、金をもらえなければ時間とか空間とかロマンチックな話をしている場合ではない。

「660円になります」

大きな500円玉の行灯を乗せたタクシーが隣を通過した。

大阪が「安売り戦争」に突入していく頃だった。

女性は財布から千円札を出した。

その瞬間(もう大丈夫と)俺はドアを開けた。

「これでコーヒーでも飲んでや」

釣りを要求せずに、女性は車を降りた。

その行動と、その口から発せられた言葉があまりにもイメージとかけ離れていたので、

俺はしばしその場所から動けなかった。

開いたドアから湿った風が入ってきた。

 
 

2014年9月15日月曜日

タクシーストーリー第16話~「お久しぶり」

仕事にも慣れてきた8月の終わりのある日の乗務のことだった。

タクシー無線は、その流しているエリアから電話があれば、GPSで近い車両に配車されるシステムになっている。

しかし都市のタクシーにとっては、無線はちょっとした宝くじのようなもので、そうそう当たるものではない。

路上で手をあげてくれる近場の客をコツコツ積んでいくことが、営収を作る最もソリッドなメソッド(ややこしいから日本語で書いてくれ)であることが分かってきた頃だった

※客を「積む」というのは一般的なタクシー用語だが、客を荷物のように表現するこの用語は外部(客との会話など)では御法度である

「無線なんてどこに流れてるんですかね・・・前回1本もありませんでしたよ」

出庫前の車庫で、先輩乗務員と話を合わせるために愚痴をこぼしてみた。

ネガティブな響きには、食いつきが良いのがこの業界の車庫談義である。

「あんなもんは、一部のやつらにしっかり握られてるからな。無線欲しかったら事務所に菓子折りでも持っていかなあかんで」

近くにいた「あんたも聞いてたんか」エリアから髪の薄い乗務員が嬉しそうに応えてくれた。

しかし俺の話していた、髪を7・3に分けた「ちょいワルサラリーマン」風の高橋さんは、その乗務員の髪を指差して、

「こいつな、1年前まで髪の毛ふさふさやってんで。それが去年の夏のPLの花火の次の日からいきなり涼しい髪型になってな。こんな奴多いねんで。どっかで『もうええわ』って・・・髪んぐアウトする奴」

「お前人の顔みりゃPLPLって・・・花火となんの関係があんねん」

髪の薄い乗務員は機嫌悪そうに去って行った。

高橋さんは、数年前に「ロード」とかいう歌でブレイクした難しい名前のグループ(虎舞竜)のボーカルの人に似ていた。

俺は邦楽はあまり聞かなかったので、そのボーカルの人がタクシー運転手になっているのかも、と本気で疑っていたほどである。

確か、あの人も名前が高橋・・・(よくある名前ですから)

「無線はな、やっぱりポイントがあんねん。時間と場所、両方がマッチしないとなかなか当たらん。新人には難しいよな。GPSでエリアがどんな形で分けられてるか、なんてことまで頭に入れとかんとあかんからな」

「そこまでして無線もらってメリットってあるんですか?」

「もちろん仕事によるよな。確かに無線は遠方飛ぶ仕事もあるけど、待たされてワンメーターってこともあるからな。えぐい奴らは、どこにどんな仕事があるかまで頭に入れてるよ」

なんとなく分かる。

高橋さんは続けた。

「でも結局そういう情報って、こういった車庫談義でずるずる垂れ流しになっていくからな。気づけば、その時間そのエリアに車がたまって取り合いになる」

「ということは、その周りにスペース(チャンス)が出来たりしませんか」

「スペースか・・・サッカーちゃうけど、その通りや。夕方は堺筋に車がたまる。瓦(町)近辺が面白い」

「ありがとうございます」

若い乗務員を「潰そう」という先輩もいれば、「育てよう」としてくれている先輩もいる。

その辺の「見極め」はこの世界で生きていく上で重要な要素である

その日の乗務で俺は早速夕方松屋町筋を流してみた。

無線が少ないということは、車も少ない。

無線を狙うより、「近場の客をコツコツ積む」回数勝負のセオリーである

この作戦が、夕方から面白いようにはまった。

松屋町を降りて、谷町で上がる。

17、18時代の苦しい時間帯に距離は短いがポンポンとつないでいけた。

そして乗車が落ち着きかけて、辺りも暗くなった20時過ぎ、

鳴らないはずの無線が、

ガ、ガ、ガー

ちょっと感度が悪いが、俺やろか。

スケルチを調整してみる。

「ガ、ガ、ガー・・・こ、こんばんわ・・・お久しぶり・・・」

な、なんやこれ。

女性の声だが、明らかにオペレーターの女性ではない。

そもそも無線指示で挨拶するわけない。

「あのときの・・・神社まで来てもらえますか・・・ガ、ガ、ガー」

2014年9月7日日曜日

タクシーストーリー第15話~実力勝負

どんな仕事でも、経験を増すごとにその習熟度が高まり、自分の仕事に自信が持てるまでになるには数年かかるものである。

その点では、タクシードライバーも変わりはない

しかし多くの仕事では、その習熟度や仕事に対する自信よりも、

その経験年数が収入基準に最も影響する要素であることが多い

そして人間というのは、絶対的な基準よりも、相対的な基準にこだわりを持つものである。

高い水準の収入が約束されている若者が「3年」ほどで辞めていくのは、多くの場合数年単位で段階的に与えられるインセンティブを実感できないことと、

何より、大きな顔をして上から目線で接してくる先輩を収入で「超える」ことは難しく、

例え出来たとしても途方もなく長い年月がかかるということに気づくのがきっと「3年」ほど経った頃なのだろう。

実力勝負なら負けない

そう思っている若者は多いだろうし、

俺もその一人だった

「あんた歳(とし)いくつ?」

よく聞かれる質問にうんざりしてはいたが、 交わしようのない質問でもある。

「28です」

「28!!20代か・・・まあ、またなんでタクシーなんか乗ろう思ったん?」

車庫で隣に車を停めている50代後半の運転手は、俺の運転席の窓に手をかけてタバコを吹かしながらニヤニヤしていた。

出庫前の時間つぶし(新人つぶし?)である。

「いや・・・運転好きですし、自分のペースで仕事が出来ると思ったんで」

これもよく聞かれる質問に、判で押したような、いつも用意しているものを「どっこらしょ」と引き出しから出すように答えた。

「自分のペースねぇ・・・」

長年「自分のペース」でしか仕事をしたことがない年配の運転手は、その言葉をうまく消化出来ず、思っていたようなネガティブな突っ込みが出来ないようだった。

「でもなぁ、こんなん(タクシー)若いもんがする仕事ちゃうで」

俺の返事を消化しないままに、先輩運転手は「自分のペース」で会話を続けた。

「どうしてですか?」

「俺ももう30年も乗ってるからな、いろんな奴見てきてる。まともな人生送りたかったら、こんな世界入ってきたらあかん」

おそらく「30年」というのは、おっさん特有の大げさな表現で、実際はそれほどでもないのだろう。

俺は胸につけていた「村田」という名札を、このとき始めて確認して言った。

「村田さんも、『若い頃』から乗られてたんですよね?」

「そうや。そんでもワシらの若い頃は、今みたいとちゃう。バブルの絶頂期でな、街は客で溢れとったで・・・」

俺はこれまでも嫌というほど聞かされている「昔話」が始まったことに気づき、

これは放っておいたら(営業時間を気にせず)どこまでも続くことも、この頃には分かっていた。

 「あの・・・そろそろ出庫したいんで」

営業所には、各運転手の営業収入のグラフが貼られている。

初乗務から4ヶ月目のグラフで、俺は村田さんの営収を超えた

それからは車庫で隣に車をつけても、村田さんはほとんど話しかけてこなくなった。

2014年8月13日水曜日

タクシーストーリー第14話~「怖い話」

初乗務の日は何が起こっているのか分からないまま過ぎて行ったが、

1週間ほど経つと、分からないなりに

「分からない」ということがためらいなく言えるようになって、

1ヶ月ほど経つと、対処の方法というか、

要するに乗客に聞いたら良い

ということが分かってきた。

もちろんタクシーなのだから、道を良く知っていなければいけないのは当然であるが、

ほとんどの乗客は自分の行き先を知っているもので、

上手に情報を引き出すことが重要であり、

うまくコミュニケーションが取れないと、

「タクシー運ちゃんのくせに道知らへんのか!」

となる。

しかし結局はこういう客は「分かります」と言っても、

「お前『分かる』言うたのに分かってへんやんか!」

どんな道を通っても突っ込んでくるものであることが分かってきた。

要するに、「コミュニケーション」であって、

「お客さんよく道知ってはりますねぇ・・・」

「この道から行けるんですかぁ、知りませんでした」

なんて持ち上げたら、ご機嫌になったりするものである。

もちろん、そんなことが分かるのは何年か先のことだが・・・

そんなことが「少しだけ」分かり始めた6月のある日のことだった。

日も長くなってきた頃だが、19時を過ぎてさすがに日も陰り始めた松屋町筋で、

若い女性が手を挙げていた

夕方の大阪は北向きは渋滞することが多く、南向きに走った方が良い

ということを先輩から教えてもらえるほどに車庫(会社)でもコミュニケーションを取れるようになっていた。

車を停めて、ドアを開けると女性が乗り込んできた

黒いブラウスと膝下までのジーンズにカジュアルなサンダル履きの女性は、髪が黒く・・・

髪が黒いのは当たり前だが、それにしても「黒いな・・・」と思えるほど鮮やかに黒く、

吸い込まれるような大きな瞳をしていた。

「あの・・・どちらへ行かれますか?」

美人というわけでもなかったが、妙にドキドキしたのは女性の胸が思ったより大きかったことだけが理由ではなさそうだった。

「あの・・・神社へ・・・神社へ行ってもらえますか?」

「神社??どちらの神社ですか?」

「分からないんですけど・・・」

「分からない??」

女性は一枚の写真をバッグから差し出した。


「この神社なんですけど」 

俺は写真をじっと見た。

タクシー運転手なら写真だけでも分かるものなのか・・・

いや、分かるわけがない

しかも、どう見ても大阪市内の神社には見えない。

「ちょっと写真だけでは分かりませんけど・・・」

「そうですか・・・とりあえず走ってもらえますか」

「とりあえず・・・まっすぐ南向きに走ったらよろしいですか?」

「はい」

少しの間会話もなく走った。

基本的に客から切り出さなければ、話はしない方が良いということも分かってきた頃だった。

「タクシーとか、長いんですか?」

女性の大きな瞳がバックミラーに映って、思わず目をそらした。

「いや、実はまだ乗り始めたばかりの新人なんやけど・・・」

「そうなんですか・・・」

「あの・・・結局どこへ行ったら良いんかな?」

年下に見える女性に自然と口調もタメ口になっていた。

「あの・・・わたし探してるんです」

「探してる?何を?」

女性が下を向いたので、自分もバックミラーに目を向けた。

「わたしの子ども・・・」

「子ども?」

背筋に冷たいものが走った。

「さっき見せたあの写真の神社にいる・・・はずなんです」
 

2014年7月29日火曜日

タクシーストーリー第13話~初乗務

側乗研修を終えて、いよいよ初めての乗務を迎えた。

4月21日、7時の点呼を終えて、IDカードを通して、

運転席に座った

スーパーサインの裏に乗務員証をセットした。

自分の中で、何かのスイッチが入った気がしたが、それが何のスイッチなのか自分でもわからなかった。

ゴールデンウィーク前だったが、朝から何となく気温の高い日だった。

車庫を出ると、とりあえず(大阪新人の登竜門と言われる)阪急3番街に向かった。

3番街の入り口は並ぶこともなく、ロータリーに入れた。

少しホッとした

3番街ロータリーが満車だったときは、手前のヘップ前などに並ばないといけないのだが、朝の梅田周辺は戦場で、新人が闘うには大きなストレスを感じるところだった。

ロータリーに入ると、気持ちを落ち着かせるのに少し時間がかかった

地図を見て、いろんな行き先(天六、心斎橋、なんば・・・)とルートをイメージする。

後ろからクラクションを鳴らされた。

前を見ると3台分ほどのスペースが空いている。

慌てて、車を前に詰めるといつの間にか先頭から2台目になっていた。

朝の梅田は動きが早い。

前の車に女性客が乗った。

いよいよ花番(待機先頭、鼻番とも言う)である

あっという間にここまで来たが、

ここからは長かった・・・

待てども、待てども客は乗ってこない

ここまで来たら、早く乗ってほしい

花番の重圧、ストレスはすごいものがあった

時計を見ると、実際は5分ほどしか待っていなかったのだが、感覚的には1時間ほども待っていた気がした。

「コン、コン」

前方ばかり見ていたが、いつの間にか後ろからドアをノックされた。

慌ててドアを開けると、客がのけぞっているのがフェンダーミラーにやけに大きく映っていた。

「何すんのや!あぶないなぁ」

「どうも・・・申し訳ありません・・・」

乗ってきたのは、40代前半に見える男性だった。

身長は170センチ前後、痩せ型で、頭はボサボサだったが、妙に威圧感があった。

後で考えると、業界(テレビ)関係者だったんやろか。

「・・・あの、どちらへ行かれますか?」

「インターナショナル」

「・・・インターナショナルですか?」

散々イメージして復習した、「想定行き先」にはない響きだった。

「あの・・・空港の国際ターミナルのことですか?」

「あんた若いのに中々(嫌味)言うやん。阪急の乗り場で『インターナショナル』言うたら決まってんやろ!阪急インターナショナルや!はよ行け!急いどんのや」

客は半分キレていた。

なんでこの人、行き先確認しているだけでキレるんやろ。

このときの俺には分からなかった。

「阪急インターナショナルと言うと、そこの茶屋町のですか?」

「行けへんのか?行けへんならはよ言ってくれよ。とぼけやがって。こっちは急いどんねん。乗車拒否でタクセンに電話すんぞ」

「いえ・・・すみません。分かります。行きます。近い方がありがたいです」

俺はアクセルを踏んだ。

「いちいち引っかかんなぁ・・・あんた嫌味言っとんのか、天然なんか分からへんな」

芝田の信号へ出て右折、済生会(病院)前を右折、すぐに右手に阪急インターナショナルが見えた。

「こちらですね!」

初めての客を、目的地に送ってきた。

達成感から自然とテンションが上がった。

「・・・『こちら』ですけど、こんな混んどる時間にこっちからどないして(ホテル車寄せに)入んねん。ええ加減にせえよ」

左折進入がタクシーの基本であることは研修では習ったものの、頭から消えていた。

※筆者は明石家さんまさんを乗せて、(梅田からではないが)同じ失敗をしたことがある。

この場合は、(どちらにしてもワンメーターは変わらないので)芝田1信号を右折、一方通行から新御堂側道へ入り、鶴野町北信号をまた左折、このルートで行けば、ホテルに「左折」で入ることが出来る。

「あの・・・どう致しましょう・・・実は今日初めて(タクシーに)乗る新人なんです」

「もうええわ!ここで降りるわ。地下から向こう渡れるから」

「申し訳ありません」

「ええ、ええよ、もう。でもな、お兄ちゃん。新人なら新人、分からんなら分からん、もっと早く言わなあかんで」

「はい・・・どうもすみません」

「まあ、遅かったけどな、言ってくれたら悪い気持ちはせんわ。これ少ないけど取っとき。今日のこと忘れんとがんばりや」

 メーターは660円で止まっていた。

紙幣がコンソールボックスの上に置かれていた。

俺は屈辱感からしばしその場所に停まっていた。

息をついた。

次行こう、

前行こう

紙幣を上着のポケットに入れようとして、手が止まった。

1万円札だった。


2014年7月15日火曜日

タクシーストーリー第12話~ここからはじまる

地理試験は思いのほか難しかった。

大学受験を始め、いくつかのIT関係の資格試験を難なくこなしてきた自分だったが、

意外と身近にあることが分かっていないことに気づかされた

絶対に落ちたくなかったから、猛勉強した。

それでもイージーにスルー出来なかった。

こんな風に横文字を使える自分は何の役にも立たない・・・

合格して心から嬉しかったのは初めてかもしれない

翌日会社へ戻り、チケットやメーターの取扱い等の研修を受けて、写真を撮って、

乗務員証を渡された

明日から本当にタクシーに乗る。

本当にこれで良いんやろか・・・

今まで何度も考えていたことを、今更とは思いつつもまた考えざるを得なかった。

事務所を出て、帰ろうとしたとき見覚えのある女性とすれ違った。

「あれ?」

「あ・・・吉林さん?」

教習所で一緒だった女性だった。 同じ会社に入ると聞いていた。

「久しぶり、研修終わったん?」

「あ、あぁ・・・そっちはこれから?」

「うん、ちょっと前の仕事のクロージング(引き継ぎ)とかあって」

「あのさぁ・・・ほんまにタクシー乗るつもり?」

「 どういうこと?」

「いや、あの・・・タクシーってなんか、イメージっていうか・・・吉林さんみたいな(若くてインテリっぽい)女性が乗るのって勇気いるのかな、って思ったりして」

「はぁ・・・イメージね。確かに、そういうのはあるかもしれないけど・・・わたしも偉そうに言うほど社会経験積んできたわけじゃないけど、仕事ってある意味『イメージを変えていくこと』なんかなぁと思うんやけど」

「『イメージを変えていくこと』・・・(『この日本・・・世の中を変えたい』???)」

確かに、あるもの・・・それが商品であってもサービスであっても、それを売ろうとしたとき、全く同じものを売り続けていたら、いずれ消費者に飽きられるか、または競合企業にシェアを奪われていく。

だから何かを変えなければいけない

それは製品やサービスそのもの(の質を高めること)かもしれないし、消費者への伝え方(広告)を変えたり、提供する場所を増やしたり移動したり、それも出来なければ価格を変えたり(下げたり)・・・確かにそれら全てがイメージのトランジションかもしれない(もう横文字いいから)。

「そう、もしそうだとしたらタクシーに乗ることって『イメージを変える』壮大なプロジェクトのような気がして」

「『壮大なプロジェクト』・・・」

「わくわくしない?」

俺が今まで働いてきたIT業界は「イメージ」というか既成概念を変えることに世界中の多くの秀才が日々凌ぎを削っている、その中で自分が存在感を示すのは容易なことではない。

仕事をすること自体が難しくなっている

しかしタクシーならどうだろう

吉林さんのような若くてきれいな女性でなくても、俺のような男でも、「若い」というだけでクライアント(顧客)にインパクトを与えることが出来る。

何より今までと大きく違うのは、

目の前の利用者とマンツーマンで仕事が出来る

ことである。

ちょっとしたサービスで、気の利いた会話で、それを積み重ねることで、目に見える形で仕事が出来る。

「地理試験どうやった?」

性格悪いと思っていたこの女性が、子どものようないたずらっぽい笑みを浮かべて聞いてきた。

「ちょろかったよ」

俺も笑った。

「仕事楽しんでね」

「サンキュ」

親指を立てて別れた。

駅前の焼き鳥屋に一人で入った。

ビールがうまかった

ここから数々のドラマがあることは、何となく予想出来た。


2014年6月26日木曜日

タクシーストーリー小休止~地理試験について(大阪編)


地理試験とは何か・・・(筆者がワールドカップに夢中になってストーリーが滞ってるらしいやんか)

地理試験は全国のタクシードライバーに義務付けられているものではない。

現在は「特定指定地域」とされる東京、大阪、 神奈川でのみ実施されているテストだが、

2015年10月(消費税10%移行時)には全国13の「指定地域」に義務付けが広げられると言われている。

ちなみに13の指定地域とは、

1. 札幌
2. 仙台
3. さいたま
4. 千葉
5. 東京
6. 横浜
7. 名古屋
8. 京都
9. 大阪
10. 神戸
11. 広島
12. 北九州
13. 福岡

この中で現在も行われている大阪の地理試験を簡単に説明すると、

大問3、小問40で、

問題1の25問は○×問題

大阪タクシーセンターのHPから抜粋の例題としては、

 ・NHK大阪放送局は本町通り沿い、中央区大手前にある

 ・黒門市場は、日本橋1交差点の南東、中央区日本橋にある

・大阪府警察本部門真運転免許試験場は、国道163号の南、門真市一番町にある

・新世界のシンボルとして有名な通天閣は、西成区天下茶屋にある

・シェラトン都ホテル大阪は、上本町6交差点の南東、天王寺区上本町にある

・大阪家庭裁判所は、中崎1交差点の南、北区中崎にある

・セントレジスホテル大阪は、谷町筋沿い、中央区谷町にある

・フェスティバルホールは、四ツ橋通り沿い、北区中之島にある

問題2の5問は記述式

・御堂筋と長堀通が交わる交差点は( )である

・なにわ筋で道頓堀川に架かる橋は( )である

そして問題3は10問、指定された場所を地図上から選ぶ問題

・ホテルニューオータニ大阪

・大阪証券取引所

・国立病院機構大阪医療センター


大阪在住の一般の方、いくつ分かりましたか?

合格基準が80%と聞いて、どう思いますか?

大阪でタクシーに乗っている全ての運転手がこうした試験をバスしています。

それでもあなたは、

「タクシー運転手は道を知らない」と言えますか? 

 弁護士や医者だって、大変な試験を通っても最初(新人の頃)は何が何だか分からないもんですよ。

経験を重ねる中で、いずれ顧客に「金には変えられない」価値を与えていく。

販売員だろうと、コンビニの店員だろうと、清掃業者だろうと、みんな同じだと思いますよ。

安ければ、「それなり」の価値がある

それでもあなたは、

「運ちゃん、もっと(料金)安くせい」と言えますか?
 

2014年6月5日木曜日

タクシーストーリー第11話~地理試験(1)

会社で3日間の地理研修を経て、

4日目は事故対策機構での適正診断、

その後はタクシーセンターでの3日間の研修、

このタクセン3日目に難関と言われる地理試験があり、

会社に戻って再び3日間の最終研修、

そして晴れて乗務デビューという流れになっている。

会社によっては、適正診断やタクセン研修を修了してから会社での研修をするところもあるようだが、

幸いにも、この阪北交通はタクセン研修の前に路上教習をさせてくれるので、ある程度の準備をした上で地理試験に臨むことが出来る。

タクセン研修へ向かう前に事務所に入ると、珍しく所長が顔を出していた。

面接の際に大きな顔をして座っていた、神経質そうで小柄な「所長らしき」男性はやはりこの営業所のトップで、佐藤という個性ある性の持ち主だった。

佐藤所長は、この数日見る限りではほとんど事務所にはいないようだった。

噂によると「得意先まわり」で忙しいようだが、どうやら遊戯場(パチンコ屋)での「営業」に力を入れているらしい。

この日の朝は事故処理のために通常より早くに呼び出されたらしく、機嫌が悪かった。

「おう、新人か。・・・あんた名前何て言ったかな」

いきなり指をさされたので、

「橋本です」

と答えると、

「ごめんな、ありふれた名前で覚えられへんねん。今日からタクセンか」

「・・・はい」

名前の「ありふれ度」では完敗やろと思いながら、俺は答えた。

「なんでうちがタクセン教習の前に内部研修やるか知ってるか?」

「やはり地理試験前に一通りの地理研修をさせて頂いたのかと・・・」

佐藤所長は顔の前で大きく手を振った。

「違う違う。3日間な、とりあえず人間見させてもらってんねん。

ここで使いもんならへん奴なら研修費払うのもったいないやろ。

早いとこ見切りつけさせてもらうねん」

地理試験の準備として路上教習をさせてもらってると良心的に受け取っていたので、俺は愕然として言った。

「・・・とりあえず第一関門はパスしたということですか」

所長は老眼鏡をクイっと上げながら、嫌な笑いを浮かべた。

「ここんとこ忙しくて、あんたらのことはほとんど見れてへんからな。

山岸(主任)なんかに任せてたら、どいつも『良い人材です』と来るから困ってんのや。

あいつも難しいことばっか抜かしてかっこつけてるけど、業界のことは何もわかってへんペーペーやからな。

『タクシーの将来は明るいですよ』

なんて平気な顔して言いやがる。

『踊る大捜査線』かなんかの見すぎやねんな」

俺には「踊る大捜査線」と「タクシーの将来」とのつながりが良くわからなかったが、

何となく言いたいことはわかった。

「山岸主任にはいろいろと教えてもらってます」

あまり主任に対する肯定的な評価は口にするべきではないと直感ではわかっていたつもりだが、正直な思いが口に出てしまった。

「ケッ、またかよ・・・あんな奴の言うこと信じてると痛い目に遭うで。

タクシーなんていうのは、職業人の地獄や。

ダメ人間の集まりやで。

あんたも若いし、今はまともな考え持っとるかもしれへんけど、この世界に入ったらだんだんと荒んでく。

俺はそういう奴らを嫌っちゅうほど見てきてんねん」

主任の言う「楽しい世界」と、この感じ悪い所長の言う「荒んだ世界」、この業界には現在その両方が共存しているのかもしれない。

「あの・・・時間なんで(タクセンに)行ってきます」

「おう、がんばって来いよ」

「ありがとうございます」

事務所を出ようとしたとき、所長に呼び止められた。

「おい、ちょっと待てよ。あっちでは地理(試験)もあるんやろ」

「はい」

「中之島に橋がいくつかかってるか知ってるか」

「・・・橋ですか。10くらいですか」

「西の北側から船津橋、上船津橋、堂島大橋、玉江橋、田蓑橋(たみのばし)、渡辺橋、御堂筋にかかる大江橋、天神祭りの鉾流橋(ほこながしばし)、こっから南北突っ切りで難波橋、天神橋、天満橋は中之島にはかかってへん・・・戻って、 栴檀木橋(せんだんのきばし)、淀屋橋、肥後橋、筑前橋、常安橋(じょうあんばし)、土佐堀橋、湊橋、端建蔵橋(はたてくらばし)、車が通れる橋だけで18ある。覚えときな」

「・・・」

「安心しろ。 栴檀木橋なんて出ることないから」

「・・・はたてくらばし・・・は出ますか」

「出ないよ」

所長は笑った。



2014年5月28日水曜日

タクシーストーリー第10話~研修(3)プライド

「『プライド』という話をしましたが・・・あの(車を)出してください。こんなところに行灯つけた車をいつまでも停めておくわけにはいきませんから」

坂井さんは右にウインカーを下ろした。

「・・・どちらへ行きます?」

「任せますよ。好きなように走ってください」

坂井さんはウインカーを戻して、ハザードランプを点けた。

「任せるって・・・」

「ハハハ、わたしは実際の乗務で何度かこれを言われたことがあります。初めて言われたときは戸惑って、あなたと同じ対応をしました」

主任は身を乗り出して、タクシーメーターをポンと叩いた。

「しかしそれでこのように停まっていたらそれで終わりです。金を請求することは出来ない。走ってなんぼなんですよ。商売なんです。

『任せます』と言われたら、

『わかりました』と答えてどんどん走ったら良い。

2度目のときから、わたしはそうしました。

そうするとね、会話が弾むんですよ。そういうおかしな人は、いろんな面白い話を持ってる」

「そんなこと・・・」

「あるんですよ。タクシーに乗ってると、いろんな奇妙な人に出会う。

映画『タクシードライバー』では、不倫している妻を追いかけている乗客がメーター倒したまま現場のマンションにずっと停まってたみたいなシーンがありましたけど、

『そんなこと・・・』が本当にあるんですよ。

1万円のチップを平気で置いていく客とかね」

「はぁ・・・」

坂井さんはハンドルを両手で握ったまま、固まっていた。

「ただしね、とりあえずは走らないと何も起こらない。それがこの仕事なんです。

ちなみに(映画『タクシードライバー』の舞台)ニューヨークのアイドル1分のタクシー料金は40セント、1マイル(1.6キロ)走れば2ドルですからね。5倍稼げます。

とにかく走りましょう」

「わかりました」

坂井さんは、再びウインカーを下ろした。

「毎日いろんなことがありますから、それをどう捉えるかでも変わってきますけど・・・

ある若者がね、就職先がなくてこの世界に入ってきたんですよ。

彼はある程度名の知れた大学を出ていて、

入ってきたときは、『就職先が見つかるまで』なんて言ってました」

「『腰掛け』ですか」

後部座席から俺が首を突っ込んだ。

「そういうことですよね。

それでも彼は、ものすごく勉強してましたね。

1年ほどで周辺の地理知識はかなりのレベルに達してました。

それでも、『この仕事は難しいですね。言われた通り黙って走るだけなら何とかなりますが、乗客の"荷物”を運ぶのは堪えます。重過ぎて持ちきれないときもあって・・・』

と言っていました。”荷物”ってわかりますか?」

「トランクサービスのことですか」

俺が答えると、

「違いますよ。彼が言っていたのは、物理的な荷物ではなくて、乗客の人生の中で背負っている”荷物”ということですよね。

そんなものは見えないふりをして・・・物理的な荷物も見えないふりをする運転手もいますが・・・乗務をするのと、そこに突っ込んでいくのとでは、同じ仕事でもその難易度に大きな違いが出てくるんですよ」

「見えない”荷物”ですか」

「そうです。映画であの不倫妻を追う男は何故トラヴィスと車内で『いっしょに』その現場を見なければならなかったのか。客観的にはわかりますけど、そこにいる『重さ』を想像してみてください。

金じゃないんですよ。いや、場合によっては金なんていくら払ってもいいんですよ。それを『いっしょに背負ってくれる』運転手であれば」

「確かに、重いですね・・・」

主任は続けた。

「まあそんな運転手でしたし、まだ若かったですからね。

あるとき取引先の社長から、その運転手を雇いたいという引き抜きの依頼があったんです。

ここよりかなり高い給与を提示されましたから、こちらも止めるわけにもいかず、彼に話したんです。

そうしたら、驚いたことに彼はそのオファーを断りました。

『もう少しここでやらせてください』

と言うんですよ」

「『もう少し』ですか」

「そう、『もう少し』って、いつまでここにいてくれるんや?

と聞くと、

『この仕事にプライドが持てるようになるまでです。そうしないと、きっとどこに行っても大した仕事は出来ないと思います』」

 車は静かに走り始めた。

「それがわたしなんです」

2014年5月15日木曜日

タクシーストーリー第9話~研修(2)

「ちょっとそこのコンビニに停められますか?」

研修2日目、山岸主任の言葉に俺は少し緊張した。

初日の研修は主任と2人で簡単な世間話をしながらのドライブのようなもので、業界の話はもちろん、今話題のニュースの話や阪神タイガースの抑え投手についてまでざっくばらんな会話をしながらも、不思議とリラックス出来なかった。

他愛のない会話の途中でちらっと助手席に座る主任の表情を見ると、眼鏡の下に鋭い目を光らせていた。

俺はこの人に試されている・・・

というちょっとしたストレスを感じていた。

研修2日目には、同じく今週より入社になる予定の新人で、坂井さんという人との同乗研修となった。

坂井さんは56歳とは思えぬほど肌の張りがあり、予想に反して豊富な髪の毛を携えていた。

「よろしくお願いします」

朝あいさつをすると、

「あ、あぁ、よろしく・・・」

テンションの低いリアクションやったが、その目つきと佇まいはキャパシティを超えるプライドを積んでいる重さを感じた。

最初に運転席に座った坂井さんは、運転中もほとんど口を開かず、それにつられるように助手席に座った主任も道の指示の他は沈黙を貫いていた。

何か張り詰めた空気を後部座席で感じていたときに、主任が突然コンビニで車を停めるように指示したのである。

恐らくここで自分と運転を交代するんだろう。

しかし、この状態で運転を交代しても俺は主任と一体どんな会話を交わせば良いのか。

昨日普通に会話しているのに、今日になって口を閉ざすのも不自然やし、

何より後部から坂井さんの視線に耐えられそうもない・・・

コンビニに駐車場はなく、坂井さんはハザードを焚きながら店の前の路上に車をきれいに寄せた。

今まで気づかなかったが、運転はうまかった。

「ちょっと待っててくださいね」

主任は車を降りると、コンビニに入っていった。

店から出てくると助手席に座りなおし、手に抱えた缶コーヒーを坂井さんと俺にそれぞれ渡した。

「ありがとうございます。運転代わりますか?」

俺はコーヒーを今飲むべきか、どうするか考えながら質問した。

「いや、いいですよ。もう少し坂井さんに運転してもらうから」

主任はそう言うと、もう一つ抱えていた袋に入っていた大きなまんじゅうを出して口にほうばり始めた。

運転席から坂井さんが少し軽蔑するような目つきで、その様子を見つめていた。

「坂井さんは事業をされていたんでしたね?」

突然の主任の質問に、坂井さんは少し驚いたように目を剥いた。

主任は面接に同席しているので、履歴書に目を通している。

「え、えぇ・・・それが何か?」


「わたしも事業をしていた経験があります。 ここに来る人はほとんどが元会社員です。組織の中でプライドを捨てることが出来ずに流れて来るパターンが多い」

「はぁ」

坂井さんは主任の意図が分からないという表情で生返事をした。

「しかし、元自営業の方は正反対です。現実社会の中でプライドをずたずたにされてここに来ます。 しかしあなたはまだプライドをここに持ってきている」

「・・・」

「別に過去を詮索する気はありませんよ。ただここはそういうところなんです。

いろんな人のプライドが渦巻いている。

中身のないプライドも、傷ついたプライドもあります」

「わたしのプライドは『傷ついている』ということですか」

主任はその質問には答えずに、袋からもう一つのまんじゅうを出して食べ始めた。

「事業の経験者、元社長ってのは金の使い方を知らない。

今財布に入っている金をどう使うか計算するのでなく、とりあえず自分の思うままに使った後にその金をどう工面するか考えます。

まんじゅう食べますか?」

主任は袋から出したまんじゅうを坂井さんと俺に差し出した。

「レジの前にあったやつを買い占めました。

全部買うから安くならないか?と聞いたらバイトの学生が不思議そうな顔してましたよ」

坂井さんが始めて少し笑みを浮かべた。

2014年4月29日火曜日

タクシーストーリー第8話~研修(1)


暗いロッカールームだった。

学科試験を終えた翌日に営業所へ行くと、2階のロッカーへ案内された。

汚いロッカーに手書きで書かれた自分の名前を見つめながら、

俺は本当にここでやって行けるんやろか・・・

という不安を感じた。

ロッカーを始め、営業所の簡単な案内をしてくれたのは、面接で同席していた小太りの男性で、主任の山岸さんという人だった。

山岸さんは見た目40歳くらいで、事務所のスタッフの中では若い方だったが、言葉は全て敬語でとっつきにくかった。

「何か質問はありますか?」

「特に(ありません)・・・。あぁ、あの山岸さんは運転手をされてたんですか?」

事務スタッフの中では、なんとなく「浮いた」感じがしていた。

「うん、ちょうど君くらいの年齢からかな。少しの間運転手をしていたけど・・・」

「何で運転手になったんですか?」

山岸さんは始めて少し笑顔を見せた。

「その質問はここではあまりしない方が良いよ。延々と前職の話をされるか睨まれるかのどちらかだから。私の場合はいろいろあってね。でも運転手になって良かったと思ってるし、今でもいつか運転手に戻りたいと思ってるよ」

それ以上の答えはいらなかった。

山岸さんは続けた。

「今日からここで地理研修や簡単な法令や無線の説明をして、その後タクセン(タクシーセンター)で適正検査と地理試験の流れになります。研修は合わせて約10日間、うまく行けば来週には運転手としてデビュー出来ると思うよ」

地理試験?まだ試験あんのか。

「地理試験て難しいんですか?」

「君大学出てるらしいね」

「はい・・・一応」

「大学でどんな勉強してきたか知らないけど、地理試験では何の役にも立たないと思った方が良いよ。御堂筋は知ってる?」

敬語から徐々に管理者的口調になっていったが、不思議と圧力は感じなかった。

「(御堂筋くらいは)はい、もちろん」

「それじゃ、御堂筋と(国道)2号線が交わる交差点は?」

「梅田新道ですか」

「ほぉ、さすがやね。それじゃ新御堂と2号線の交差点は?」

「え?あの・・・わかりません」

「ははは、ちょっと意地悪な問題やったね。まず新御堂と2号線は交わらない。梅田新道で2号線は終わって、新御堂と交わるのは(国道)1号線やからね。交差点の名前は『梅新東』」

「はぁ・・・」

「君も今までいろんな勉強をしてきたやろけど、ときどき『なんで、こんな勉強せなあかんのやろ?』って考えたことあるやろ。そんなことを全く感じないのが地理試験の勉強や。満点目指してがんばってみ」

「分かりました」

「さあ、ちょっと周辺ドライブしてみよか。明日から同じ新人さんが来るから、その人といっしょに研修することになるけど」

「新人さん」?俺は教習所でいっしょだった女性を思い浮かべた。

「あの・・・その方ってもしかしたら女性ですか?」

「いや、56歳の男性やけど・・・そう言えば、来週女性が入る言うてたね。君と同じときに学科通ったけど、今週用事で来れへんらしいわ。残念ながら」

俺は一人暗いロッカールームに戻った。

2014年4月16日水曜日

タクシーストーリー第7話~学科試験

教習所を出た次の週に学科試験のため地域の試験場へ行った。

試験場へ行くと、先週まで教習所で共に暮らしていた面々がいて、

俺もそれなりに周りとコミュニケーションは取っていたので、

ちょっとした同窓会のような会話を交わした

「あの教官うざかったなぁ」

「一人めっちゃ可愛い娘おったやんなぁ!」

「あの禿げたおっさん、まだ鋭角練習しよったで(笑)」

やはり「おっさん」は目立っていたようだ。

学科試験の合格ラインは90点とはいっても、

○×(2者択一)やし、

落ちることはないやろと思っていた

しかし、週末はテキストを2回通り復習してきた。

それなりに学歴を持ってるプライドもあったし、

ここで勉強しておけば、後々きっと役に立つだろうという優等生的な想いもあったが、

何よりタクシーに乗ると決めたら、

一日でも早く乗りたかった

こんなところで立往生している場合ではない。

試験は50分で105問(後半15問はイラストを見て答える形式で、3問セットで全部合えば2点の配点)

1分で2問以上を解いていかなければならない

適当にどんどん先に進みたいが、合格ラインが比較的高いのでケアレスミスは許されない。

ひっかけ問題もあるが、教習所でもらった問題集を何度かチェックしていたので、

見たことのあるような問題が多かった。

これは満点いけるやろ・・・

と思っていた。

試験が終了して免許証交付の際、試験官が

「みなさん今日はお疲れさまでした。

合格者は順番に免許証をもらって退出してください。

なお、今回の試験は受験者数が157名

満点は1名でした。

・・・なんと女性ですよ(笑)

まあ、騒がず速やかにお願いします。

(会社へ戻って)これからが本番です。

がんばってくださいね」

試験官のコメントは短くクールやったが、

満点が自分でなかったことに少々ショックを受けた。

今回の受験者に女性は4、5名しかいなかったが、俺にはその「満点の女性」が誰かはすぐに分かった。

同じ教習所にいた女性で、名前を確か吉林さんと言い、何度か言葉を交わしたことはあった。

茶髪で若く、なかなかのべっぴんなので教習所でも男たちの視線を一心に浴びていたが、

話をするとかなり「すかして」いたので、

話しかけた男性も(特におっさんたちは)すぐに距離を置いていた。

帰りの階段で、吉林さんを見かけたので声をかけてみた。

「よう、 すごいね。満点やって」

吉林さんは振り返って、俺を見て少し笑みを浮かべた。

このとき初めて「可愛いな」と感じた。

「・・・あぁ、簡単よ。あなた頭良さそうに見えたけど大したことないんやね」

やはり「可愛くない」と感じた。

「最初の方の問題で、

『お客様を乗せて運転中、路上に走行するには危険と判断できる場所があったので、旅客にその事を告げて徐行運転をした』

っていうの、答え何にした?」

「・・・あぁ、危険な場所やから徐行するのは当然やろ。◯にしたけど」

吉林さんは、軽く息を吹いて言った。

「答えは×よ。危険な場所やから、旅客に降車してもらわないとダメ。

でも実際どの程度危険か知らへんけど、客に降りてもらうなんてありえへんやん

試験はあくまでも試験、現場のこと知らん警察の官僚が作ってるお遊びみたいなものよ」

そこ間違えとったか・・・

ショックを隠し、俺は表面上クールを装った。

「そうやんな。試験は試験、本番は本番や。これからやんな」

「本番?・・・何か簡単な試験で間違えた割には前向きやね」

「こんなもん、受かれば良いんよ。何点取ろうと知ったことちゃう。

ところで、どこの会社入るん?」

「阪北交通」

同じ会社やった。

2014年4月3日木曜日

タクシーストーリー⑥~教習所 後編

会社から指定されたのは、自宅から3駅ほどしか離れていない運転教習所だったが、

敢えて合宿を選んだ

合宿費用等も会社で負担してもらえるし(さらに日当1万がつく)、ちょっとした気分転換もあったが、

何よりどんな奴らがこの業界(タクシー業界)に入ってくるのか興味があった

自分が入ろうとしているにも関わらず、どこか他人事のように考えているところがあって、

今思えば、俺もどこかでこの業界に対する偏見(または差別意識)があったのかもしれない。

初日の講習を終えて、宿舎の部屋に入ると、

相部屋の男性が2段ベッドの下に座っていた

頭は禿げ上がり、スウェット上下を着た絵に描いたような「おっさん」で、俺のイメージに怖いくらいマッチしていた。

「・・・こんばんは」

「あっ、あぁ・・・どうも、相部屋の方ですか。よろしくお願いします」

おっさんのかしこまったあいさつは、イメージとは微妙にずれていた。

見た目は父親くらいの年齢に見えたが、20代の俺に対して使われる「敬語」は少々痛々しかった。

「よろしくお願いします」

一応申し訳ない程度に頭を下げた後、俺は用意していた質問をいくつかぶつけてみた。

「・・・あの、タクシーに乗られるんですか」

「えぇ・・・まぁ」

「また、どうして」

お前もタクシー乗るんちゃうんかい、という自問が飛んできた。

「はは・・・こんなこと言うと、笑われるかもしれないけど、実は若い頃からタクシーに乗りたいと思ってたんですよ。

大学出て、就職して数年は企業でシステム関係の部署に入っていたんですが、

なんていうか、ITブームみたいな時代でね、

自分で事業起こしてみようなんていう気になってしまって・・・

そういう時代やったんですよ」

とりあえず、この「禿げたおっさん」が大学を出ていることにびっくりした。

「どちらの企業にお勤めやったんですか?」

「XX電機です」

めっちゃ大手やん。まぁ、そんな気はしたけど。

一応自分もIT関係の仕事をしていたことを話すと、「おっさん」は続けた。

「友人とウェブデザインの会社を立ち上げました。27歳の時でした。

あんな時代でしたから、当初はうまくいきましたよ。

受注をこなすのに精一杯で、新しい引き合いがあるとうんざりしました。

一日中プログラムとにらめっこして、夜になったら新地へ繰り出して取引先と飲み歩きました」

27歳・・・今の俺と同じ歳、

この人は27歳で会社を辞めて起業して、俺はタクシーに乗ろうとしている・・・

「いま・・・おいくつなんですか」

「おっさん」は、この質問が来るのを分かっていたように、禿げ上がった頭を撫でながら爽やかな笑みを浮かべた。

「はは・・・こう見えてもね。まだ35歳なんですよ」

「えっ・・・」

言葉につまった。

あまりビックリしても失礼と思ったが、とにかく言葉が出なかった。

「8年でダメになりました。

いっしょに起業した友人は大手のポータル会社に引き抜かれていきました。

今思えば、数年前から話は出来ていたんですよ。

そこのポータルの仕事が増えて、サイトをアップデートする毎日でした。

取引先の社長は若くて・・・わたしより年下でしたね。

そのうちテレビに出ては、偉そうにITについて吹いていました。

彼は実際何もしてなかったし、ただ学歴ブランド(東大)にメディアが飛びついた感じでした」

あぁ、(最近世間を騒がしている)あの人か。

すぐに分かった。

「おっさん」は続けた。

「そのうち他の仕事を請け負うことが出来ないくらいに忙しくなって、

そのポータル会社の下請けのような形になってしまいました。

忙しいわりに、やりがいがどんどん薄れていって、

楽しいと思っていたウェブデザインの仕事もパターン化された流れ作業のようになっていきました。

そしてある日、わたしの『共同経営者』は他の何人かの従業員と共に引き抜かれ、

仕事は全くなくなりました。

会社に残されたわたしはピエロやったんですよ」

俺は部屋を出て、コンビニへ行って、

両手に持てる限りの酒を買い込んできた。

その夜は・・・いや次の朝まで「おっさん」と飲み明かした

一週間後に俺は卒検を無事通過し、「おっさん」は居残りとなった。

ほとんどの生徒が予定通り卒業していく中で、おっさんは学科は誰よりも優れていたが、

実技がどうにもうまくいかないようだった

鋭角(2種だけの特別関門)と縦列駐車を何度も練習していた。

どうやら彼は居残りが宿命のようだ。

別の会社へ入社予定の「おっさん」と連絡先の交換をして、

俺は教習所を出た。

教習所の前の川沿いに、桜が咲いていた。

2014年3月27日木曜日

タクシーストーリー⑤~教習所 前編

面接の3日後から、俺はその「提携」の自動車教習所へ通い始めた。

初日に簡単な説明があった後は、

午前中に学科、午後に実技というのがその教習所の流れだった

以前は逆で、午前に実技、午後に学科やったらしいが、昼飯後の学科教習はほとんどの生徒が寝ているために今のようになったらしい。

実技教習を問題なくこなして行けば、

一週間後の検定を経て卒業となり、

試験場で学科試験をクリアすれば、晴れて2種免許取得となる。

初日の説明の後いきなり学科教習があったが、

教官は妙にテンション高かった。

「お前らなぁ、2種なんて所詮『タクの免許』なんて、なめてるかもしれへんけどなぁ。そんな簡単に取れるもんやないで。

いや、取らせへんで!」

ここはどこやねん。

「取らせへん」って・・・、あんたらの存在価値はなんやねん。

「2種の学科はなぁ、合格ライン何点か知ってるか?はい、そこのメガネくん」

教官は、前の方に座っている生徒を指して答えを求めた。

それにしても、「メガネくん」とか、自分が眼鏡かけてるくせに言うな。

前に座ってるメガネくんは、いきなり振られて戸惑っていた。

「・・・え、あの・・・70点くらいですか?」

ダサい眼鏡をかけてるくせに、髪の毛はジェルで固めている年齢不詳の教官は、あきれたように首を振って、両手を広げた。

「ちょっと君ぃ、普通1種の免許でも合格ラインは80点なんですよ。はい、となりのお姉さん分かる?」

「お姉さん???」、確かに後から見たら、髪の長い、しかも茶髪系の女性が前の方に座っている。

後から見る限り、結構イケてる。

なんで、あんな女性がここに・・・

「90点です」

テンションの高い教官は、「バン」と机を叩いて、

「その通り、合格ラインは90点です!」

教官は踊るような仕草で続けた。

「本番の学科試験が90点ということで、ここでの卒業検定の合格ラインは95点になっています。要するに、ほとんど満点でないとここは卒業出来ませんよ!」

そのとき、俺は思った。

こいつ(教官)と1週間以上付き合いたくない。


2014年3月19日水曜日

おすすめ本~東京タクシードライバー

こちらのストーリーは一休みして、

いやぁ・・・読書の季節ですねぇ(なんやねん)。

タクシーの車内ほど読書に適した場所はないと思ってます

空車待機時は誰にも邪魔されず(暇な運転手が窓たたいて、しょうもない会話振ってくるやん)

読書に疲れた頃に客が乗ってきてくれたりして(お前一度も客乗せずに本一冊読んだこと何度かあるやろ)

まあ、とにかく年度末で学生さんなんかも時間あるやろし(学生はお前のブログなんかチェックしてないわ)

おすすめのタクシー本を紹介します
山田清機さんのノンフィクションタクシードラマで、

10話のショートストーリーになっている

「東京タクシードライバー」というタイトルは正直広すぎる感じもするが(SEO的な匂いがあるな)、

 副題が良い。

 「夢破れても人生だ。夢破れてから、人生だ」

 「一台のタクシーに1人の人生(ドラマ)が乗っている」

解説はあえてしないが、良いコピーやねぇ。

さらに10話のタイトルも中々掴みがある。

第1話 奈落

第2話 福島

第3話 マリアと閻魔

第4話 「なか」

第5話 ひとりカラオケ

第6話 泪橋

第7話 缶コーヒー

第8話 愚か者

第9話 偶然

第10話 平成世間師

長いあとがき

見ただけで読みたくなるようなタイトルが多いが、

とりあえず今回第1話の「奈落」をここで紹介しよう。

東京日本交通新木場営業所の荒木徹さんという運転手の物語りである

現在は営業所で班長まで勤める荒木さんは45歳と、ドライバーとしては比較的若い部類に入る。

会社員から32歳で脱サラして稼業の飲食業を継ぎ、結婚して子供も生まれるが、

奥さんとうまくいかずに離婚、調停で子供も連れていかれ、

そのことで両親ともギクシャクして、

36歳で家を飛び出す

その後地元の茨城から東京へ出て、

職を転々とする((カッコ内は収入)

新聞拡張員(歩合給、食事代1日500円)
 ↓
 ホームレス(0円)
 ↓
NPOの生活保護施設(賄い付き施設、「就職活動費」月4万円)
 ↓
テレクラチェーン(暴力団系で面接のみ)
 ↓
ソープランドの呼び込み(記載なし、リンチを受けて1週間で逃げる)
 ↓
人材派遣会社(愛知県の自動車部品製造業、手取り18万円)
 ↓
読売新聞配達員(手取り12万円)

職業に貴賎はないが、それにしても収入が厳しい。

そんな生活を1年半経て、

彼が辿りついたのが、タクシーやったわけで

37、8歳かな、タクシー会社ではピチピチの「若者」、大歓迎ですよ。

初年度からいきなり営収750万

歩率60(%)ちょっととして、月収約40万になりますね

1年半で180万あった借金を全部返して、

しかも150万の貯金を作ったそうです。

これだけ見ると、

荒木さんは何故もう少し早くこの仕事(タクシー)に気付かなかったのか

と思うよね。

荒木さんに限らず、

「なんでもっと早く・・・」

日本中のタクシードライバーが感じていることだと思います。

ここでは表面を紹介したけど、

ストーリーとして中々いけてますよ、

特にこの話では最期の1行がグッときました

良かったら是非読んでみてください。

また機会あれば、他のストーリーもここで紹介させてもらいます。

2014年3月11日火曜日

タクシーストーリー④~面接

タバコの匂いがした。

地域ではそれなりに知られているタクシー会社で、利用したことも何度かあるが、

プレハブ作りの事務所に来るのは、もちろん初めてだった。

(タクシー会社って意外と儲かってないんかな・・・)

イメージとはちょっと違ったが、意外とテンションはそれほど下がらなかった。

「AIPソリューション?何する会社これ?」

プレハブの狭い事務所の隅に、セパレーターで囲ってあるだけのスペースで面接は始まった。

電話で横柄な対応をした「所長らしき人物」は、電話での印象とは違い、小柄で神経質そうな表情で、老眼鏡のような眼鏡をかけて履歴書に目を落としていた。

「はい、海外の企業が日本に拠点を構える際に、自国で使用しているシステムと日本のシステムとの互換性を構築して・・・」

所長らしき人物は顔の前で大きく手を振って遮った。

「よくわからんから、もういい。タクシーに全く関係ないことだけは分かった。アメリカの大学出てるんか?」

「はい」

「それで何でまたタクシーに乗りたいと思ったの?」

やっぱりそこ聞くか。

なんて説明しよか・・・

「はい・・・今は技術系の仕事してるんですけど、一日中コンピューターに向かって仕事してるとなんか世間に取り残されているような気がしてきて。今の会社でもいろんな提案はするんですけど、ほとんど聞き入れられずに、パターン化してきてるようなところもあって。そういった部分で上司とぶつかることもあって・・・

なんかこう、うまく説明出来ないんですけど、外の景色を見ながら、生きてる情報に接しながら仕事がしたいと思って、それがタク・・・」

「よく分かった、要するに人間関係ね。よくあるよ。っていうか、ここに来る連中そればっか。まあ、とりあえず免許証見せてくれる?」

 
「め、免許証ですか?」



いきなり免許証の提示を迫られ、俺は「聞いてないよ・・・(電車で来てるし)」と思いながら、ポケットに手を入れた。

「まさかドライバーになろうっていう人が免許証持ってきてないなんてことはないやろね」

鬼の首でも取ったかのように満足気な笑みを浮かべる「所長らしき人物」の横に座っていたのは、見た目40代の、色の黒い小太りの男性だった。

その小太りの男性は何も言わず、ずっとただ目を下に落として何かをメモしているようだった。

ポケットを探っている俺を横目に、所長らしき人物は続けた。

「免許証も持ってないんなら、今日の面接は出来へんけど・・・」

「いえ・・・あ、ありました」

俺はポケットのカード入れから免許証を出して渡した。

所長らしき人物はじっとその免許証を見ていた。

「ふん・・・ふん、分かりました。2種は持ってないんやね?」

「はい」

セパレーターの向こうから、パートらしき女性が俺の免許証をコピーするために入ってきた。

ずっと話聞いてたんかよ・・・

「まあ、免許取って7年経ってるから(2種)取得は可能ですよ。うちの提携の教習所で取ることも出来るけど、どうする?」

「どうするって・・・求人欄に書いてあったんで、取らせて頂こうと思って来たんですけど」

「自分で取って来てもええんやで」

「いや・・・自分でって、こちらで取らせてもらえるもんだと・・・」

「金かかるよ」

「金??ですか。『2種取得可』って書いてあったんで」

「『無料』なんて書いてあったか?」

「いえ・・・それは」

「あんたが教習所に行って、あんたの名前で免許証作るわけやから、当然金はかかりますよ」

 ちょっと戸惑ったが、言われてみれば確かにそうだ。

2種免許取得をちょっとした企業研修みたいな感覚で捉えていたが、考えてみれば2種免許を取ればそれはこの会社だけでなく、日本中のタクシー会社で通じることになる。

「どのくらい(お金が)かかるもんなんですか?」

「そりゃ、あんたの頑張りかたにもよるけど、20~30万かな」

えー!そんなにかかるの?

講習受けて、2~3万で取れるもんやと思ってた。

「自分で行ったら、もっとかかるわけですか?」

自分で取りに行くなんて考えてもなかったが、一応聞いてみた。

「いや、自分で飛び込みで行ったら、(となりの男性に聞きながら)一回7千円くらいか? うまく行けば諸費用込みで数万で取れるんちゃうの」

そこで初めて「となりの男性(トトロか)」が口を開いた。

「飛び込み受験は実際は1回で受かることはほとんどありませんし、最近は年々厳しくなっているのが現状です。こちらで取得した場合も、もちろん費用はかかりますが、2年間で償却していく形を取らせてもらってます」

「償却?ですか」

「はい、例えば取得費用が24万円かかったとします。

何らかの事情で3ヶ月で辞められたときには、3か月分の3万円を差し引いて21万円を負担してもらいます。

しかし、2年間24ヶ月勤められたときには全額が償却されて負担はなくなります」

なんだよ。先に言ってくれよ。

最初から、数ヶ月で辞めるっていう設定で(自費取得)迫るなよ。

それにしてもこの「となりのトトロ」、見かけによらず出来そうやな・・・

「あぁ、そうなんですか。それならこちらでお願いします」

所長らしき人物は、眼鏡の奥の目をきつく光らせた。

「本当に、大丈夫?」

俺はその目をしっかり見て、言った。

「はい・・・多分」

2014年3月4日火曜日

タクシーストーリー③~俺がタクシー会社に行ったとき

次の日、俺はあるタクシー会社の前に立っていた。

前日に酔ってタクシーに乗って帰ったわりにはその日は早く目が覚めて、

朝から「タクシー 求人」で何度も検索していた

最初に電話した会社に面接に行こうと決めていた。

どうせ悩んでも切りがないし、どこも同じやろと・・・

ただ営業所が自宅から近い会社を探して電話してみた。

「あの・・・ネットの求人広告見たんですけど」

「・・・ネット・・・ですか?」

電話を受けた女性は、電話越しに誰かに伺いをたてていた。

(うち、ネット求人なんてしてるんですか?)

「すみません・・・ちょっと担当者に代わりますね」

「・・・はい」

代わって電話に出た男性は、恐らくその営業所の所長らしく、かなり横柄な対応やった。

「もしもし?タクシー乗りたいの?年いくつ?」

最初に電話を受けた女性から「(電話主は)若そうや」ということを聞いていたのだろう。

それにしても、いきなりタメ語はカチンときた。

「はい・・・27歳です」

また電話の向こうで声が聞こえた。

(おい、20代やって)

笑い声もかすかに聞こえた。

「27歳かぁ。若いねぇ。またどうしてタクシーに乗りたいと思ったの?」

「はい・・・あの・・・今の仕事でいろいろあって、もっと自分のペースで仕事がしたいっていうか、ブログとか見てたら『自由な仕事』なんて書いてあったんで」

鼻で笑う声が聞こえた。

「・・・ブログですか。いやぁ、若い人は見るところが違いますねぇ(笑)。まあ、とりあえず履歴書持って一度面接に来てもらえますか?」

言葉は敬語に変わったが、明らかに見下したというか、トゲのある敬語やった。

「分かりました。いつ頃お伺いしたらよろしいでしょうか?」

「あぁ、いつでもいいよ。今日空いてるの?」

「あ、はい」

「仕事は?」

「ちょっと・・・休みました」

ため息のような空気を受話器越しに感じた。

(これは、ダメやな)

「じゃあ、昼過ぎに来れる?」

「あ、はい」

信号の向こうに、タクシー会社の事務所のドアが見える。

歩行者信号が青になった。

俺はその信号を渡らずに、事務所のドアをじっと見つめていた

信号が点滅した。

赤になった。

目をつむった。

いろんなことを考えた

信号がまた青になった。

俺はその信号を渡った。

2014年2月25日火曜日

タクシーストーリー~俺がタクシーに乗ったわけ②

「こう見えても、前の仕事では”プロジェクトリーダー”みたいなことやっててな、

 製造ラインの中で、人間がネジを締めるのと機械で締めるのと、どっちが早くて正確かをいろんな角度からな、測定すんのや。

ぼくらには分からんかもしれんけどな。難しい仕事やってんで。

そしたら、やっぱり機械の方が早くて正確やっていうことを、そのプロジェクトの結果としてプレゼンしてな

結局我ら人間はお払い箱や。ハハハ!」

やばい・・・(ツボは違うけど)ちょっと面白い。

しかしこっち黙ってんのに、いつまで話続けるんやこの運ちゃん。

このまま聞き続けるのもしんどかったので、こっちから質問してみた。

「運転手さん・・・この仕事楽しいですか?」

こっちから話しかけたら、また倍返しで怒涛(どとう)のような演説が始まりそうやとは思いつつ・・・

「え・・・?この仕事って・・・タクシーか?」

「はい。タクシー運転手って楽しいですか?」

年配の運転手の反応は意外やった。

以前の仕事について自慢げに話まくっていたのだから、現在のタクシーという仕事についてまた息つく間もないくらいに唱えるのかと思ったのだが、

「・・・楽しいかって、お兄ちゃんアホなこと聞くな」

明らかにテンションが下がったというか、そんな質問されたことがなかったかのように戸惑っていた。

「『アホなこと』って、仕事を楽しんでるかどうかって大事なことなんちゃいますか。

俺ちょっと今の仕事に行き詰まってて、それで彼女とケンカして・・・」

そのとき、運転手はやっと安心したような表情をして、

そして全てが分かっているかのような感じの悪い笑みを浮かべた。

「お兄ちゃん、若いなぁ・・・。若い。

楽しい仕事なんて、この世の中にあらへんで。

タクシーなんて最悪な仕事やで。

職業人の墓場みたいなもんや。

お兄ちゃんがほんまにそんな”エディオンの園”みたいな仕事を探してるんなら・・・」

「”エデンの園(楽園)”ですか?」

「そうそう、そのエディオンや。

そんなアホなこと考えてるんやったら、タクシーは言うたら”失楽園”やな」

「失楽園?」

「人生の途中で、ヘビにだまされて禁断の実を食べてしまった人間の来るところや」

そっちか・・・(これこそ”俗”で行ってほしかったな)。


そのとき何故か俺は思った。

タクシーに乗ってみよう

タクシーの運転席に。

何も見えなくなってる今の状況で。

何かが見える気がしたから。

2014年2月18日火曜日

タクシーストーリー~俺がタクシーに乗ったわけ①

「大体”もやし”なんてもんは安過ぎるんや。

スーパーで一袋いくらで売ってるか知ってるか?

38円やで。

折り込み広告でセールなんてした日にゃ30円や。

30円やで、わかるか?

製造原価が”ただ”でも一袋の儲け30円や。

そんなんやっていけへんで。」


この運転手うぜぇ・・・(38円も30円も大して変わらへんし)


その日俺は久々にタクシーに乗っていた。

しかも乗りたくて乗っていたわけではない。

付き合っている女と晩飯を食っているときに、ちょっとしたことで口論になり、

店に彼女を置いたまま、会計もせずに飛び出し、

ケータイで連れを呼んで、飲み直したのは良いが、

飲み過ぎて終電に間に合わず、

仕方なくタクシーに乗って家まで帰ることになった

駅に並んでいるタクシーはなくて、

呆然としていたときに、ロータリーに入ってきたタクに乗り込んだ。

疲れ果てて、タクシーの後部座席に座ったときは、「助かったー(この人神様や)」と思ったが・・・

行き先を告げると、頭の禿げかかったドライバーは気持ちの悪い笑みを浮かべた。

「XXヶ丘ね・・・5千円以上出るけど大丈夫?」

なんやこのおっさん、若いと思ってバカにしとるんか。

「・・・はい」

「あぁ、そう。無理せんと着いてから、お母さんに頼んでも良いからね」

・・・感じ悪い。

気分悪いわ。

そんな俺の気持ちをよそに、

ドライバーは空気を読まずに延々と話し続けた

お前の話なんて聞いてへんから。

こっち、それどこやないから。

頼むから黙ってくれ。


2014年2月4日火曜日

タクシー新法と大阪の5・5割引


先月27日いよいよ話題の「タクシー新法」が施行されたわけだが、

正確には「新法」ではなく、従来通りの

「タクシー業務適正化特別措置法」の改正施行

という形になる(なんかようわからんな)。


今回の改正ポイントは、

①特定地域(及び準特定地域)における事実上の同一地域同一運賃の実現

②(認可運賃の改正による)消費増税の価格転嫁

③地域協議会での需給調整

ということになるだろうか。

まず上の「特定地域(又は準特定地域)」とは、


条文には「供給過剰の・・・(または供給過剰になりつつある)」などの文言はあるものの、

全国の大都市、及び一定規模以上(概ね人口10万人以上)の地方都市

と捉えて良いだろう。

まあ難しいことや細かいことを言っていたら読む気もなくなるだろうから(面倒臭くなってきたな)、

ざっくり言うと、今回の特措法改正で行政のやったことは

要するに②の消費税の価格転嫁への誘導だけ

みたいな感じである。

まあこれだけでも行政が誘導しなければ、なかなか進まないやろから評価は出来るが、

それによって報道で「過剰規制」やら何やら言われるのは甚だお門違いと言いたい

誤解を恐れずに言えば、

どうせいろいろ言われるのであれば、この機会に本当に

「過剰規制」と言われても良いくらいの規制をしてくれ

ということである。

公共交通機関に規制をかけるのは、安全や秩序を保つためには当然であり、

またタクシーに対する価格規制や数量規制は、各先進国も当たり前のように実施している。


しかし量的規制に関しては、現在ドライバーの高齢化は着々と進んでおり、

行政による規制などなくても、タクシー(ドライバー)は減っていく状況にある

そういった中で、今回の規制の最も大きな問題点は、

長距離割引に明確な規制が与えられなかったことである

昨年11月に法案が議会を通過して、この年明けに施行されるという流れの中で、

特にこの近畿(大阪)において、

異常な長距離割引(5・5割)に当然行政のメスが入るもの

と業界各方面で期待されていたのだが、

結果的には最終コーナーで(行政が)失速してしまったという感じである。


大阪及び京都の一部における5・5割引(5千円以上5割引)についての近畿運輸局の考え方は、

2分の1を超える利用者に影響しない料金(だから行政が規制する必要はない)

ということのようである。

ここで5・5割が実際は「2分の1を超える利用者」に影響することを説明しよう

今後のタクシー業界が直面する最も大きな問題は何か

そこを行政も、恐らく多くのタクシー関係者も理解していない。

最も大きな問題は、

「供給過剰」ではなく、「供給不足」になっていくことである

タクシードライバーの平均年齢は、厚生労働省が22年に出しているデータでは56.8歳になっているが、

団塊世代から、その上のドライバーがほとんどで、

年々ほぼ1歳に近いレベルで上昇している

そして直近26年1月末の大阪(タクセン)のデータでは、

法人ドライバーの平均が60.7歳、個人では65.2歳

ど真ん中の労働者が年金をもらっているのである

既に各地でドライバー不足は顕在化しているが、

最も多い団塊世代が2017年にはいよいよ70代に突入し、

数年後には急速にタクシーが不足することが予測される

各タクシー業者を始めとする業界関係者はもちろん、

行政もタクシードライバーの確保と稼働率の向上のためにタッグを組んでいかないと、

高齢化によって増加する需要をカバー出来なくなる。


そこで「5・5割引」とは何か

なぜこんな異常な価格が生まれたのか

をおさらいしよう。

時は2002年(西暦とか平成とかごっちゃに使うな)、

小泉構造改革に世が沸いていた時代にタクシーの規制緩和が行われた。

当時は団塊世代が50代半ば、管理職世代の最もコストの高い世代にあった時代である

企業は社内の組織改革と人件費削減のために、

このダブついた世代をリストラや早期退職で削っていた。

中にはもちろん優秀な人材もいたわけだが、

その漂流者たちに、タクシーという選択肢を与えたのが02年規制緩和であった

多くの業界が人を減らそうという時でも、常に増やしたい

それがタクシー業界である。

(失業率を抑えたい)政府の思惑通りタクシーはじゃんじゃん増えた

そして供給が溢れかえってくれば、

当然価格競争に陥るのが経済のセオリーであり、

そのセオリーにどっぷり浸かってしまったのが大阪だったわけである(東京は踏みとどまったけどな)

そしてどうせ車が余って遊んでるなら、二束三文で良いからどんどん長距離を走らせろ

そう考えた大阪のある業者は、

メーター5千円以上半額

というとんでもない割引システムを打ち出し、

その後各業者は泣く泣く追随せざるを得なかった。

これはよく誤解されるが、

メーター料金が5千円を超えた時点で、それ以上の料金を割り引くもので、

メーター6千円が3千円になるわけでなく、5千5百円になるだけ

という多くの利用者にとって関係ない、あまり魅力もない、

誤解によるトラブルを生みやすい割引システムである

このブログにも何度も書いているが、

タクシーで長距離を乗る利用者というのは、安いから乗るわけではない

終電に遅れたり、乗り過ごしたり、彼氏とけんかしたり彼女にふられたりして(よくわからんな)

やむを得ずに乗るか

または、接待や会社の経費など

自分の懐(ふところ)と関係ないか

大きくわければこの2つである。

どちらも価格が選択の大きな要素にならないどころか、

後者の接待などにおいては、「高い方が都合が良い」場合もあるわけである。


それでもタクシーが溢れている時代は大きな混乱はなかった。

大阪の運転手はあまりテンションの上がらない5・5割の長距離乗車を淡々とこなしていた

が規制緩和から12年、状況は大きく変わり

02年緩和世代の多くは年金とのダブルインカムで(ちなみに俺は緩和世代だが団塊ジュニアで年金は遠い・・・)、

神経すり減らして長時間乗務する必要もなく、悠々とタクシーで小遣い稼ぎをしている。

原発廃止を唱えて都知事選を奔走する小泉さんなど、乗車拒否されるかもしれない(きわどいギャグ使うな)

若い運転手は未だそれほど入ってこない

今後も街を走るタクシーはどんどん減っていきますよ

それでもまだ大阪(の業者)は5・5割を続けますか?

遠くまで時間をかけて大安売りしている間に、

市内の病院では高齢者が、

駅では1分でも早く帰ってソチ五輪を観たいサラリーマンが、

繁華街では近場で健全に酒を飲んでいる若者が、

タクシーを探しているんですよ。

それでもまだごく少数の長距離利用者のために、

多くの、2分の1以上の「本当にタクシーを必要としている利用者」を犠牲にしますか?

長距離乗車はタクドラのロマンです。

たまにでいいんです。

2乗務に1回でもいいんです。

高くてもいいんですよ

ピリピリとした空気の中で冷や汗かいて、万札をゲットするのが我々の技術であり、

その達成感は運転席に座ったものしかわからない

プレミアムモルツは高いから売れるんです(例えおかしくなってきたぞ)。



今回は確かに行政に裏切られたかもしれない。

しかし5・5割を始めたのも自分たちなのだから、

何とか自分たちでこの危険な火を消さなあかん

若い人たちにとって魅力ある職業にするために、

業界の方々の英断に期待します。

最初から「足並み揃えて」なんて無理です。

どの業者が「(本当にタクシーのことを)わかってるか」なんです

今回の法改正、消費増税、どっちにしたって文句言われるんですよ。

この機会に「正常」を取り戻しましょう、中途半端はやめましょう。

やるなら今でしょ(ふる)

2014年1月24日金曜日

たとえお客さんが1人でも

こんな聞き捨てならない(読み捨てならない?)コメントを頂いたので、公開させて頂こう。

タクシーはお客様を運ぶのは最大4人まで路線バスはお客様を運ぶ人数が半端じゃないです 責任の重さは比べ物になりません 道はお客さんに聞けば問題ないです 分からなければナビ使えば特に問題ないんじゃないかと思いますね

これは黙っていられないですね(「問題ないんじゃないかと思います」って何やねん。「問題ないです」と言ってくれよ)。

後半部分は触れるまでもないが(思い切り触れてるやん)、前半部分について下のような返事を書かせてもらいました。

 たとえお客さんが1人であっても、我々タクシーは大きな責任を背負って乗務しています。
それは場合によってはお客さんが1人でも責任持って走る路線バスのドライバーも同じだと思います。

人数で責任の重さを量ろうとしている時点で、公共交通を語る資格はないと思います。

2014年1月9日木曜日

タクシーは間違いなく専門技術です

こんな有難いコメントを頂いたので、引用させて頂きます。

 はじめまして、素晴らしいあなた。私は、共感します。そこで、
思うところは、タクシーとはもともカゴやです。今いるところから目的地まで、高いお金を出して安全に時間内に移動してもらえることです。だから、みんなプロの免許を取得しているんです。 
今の経営者、お客さま自家用車の運転と大きな勘違いをしている方が多い
のですから!わかるときは、必ずきます。

こちらの返信として書かせてもらいました。

タクシーは間違いなく専門技術です

自家用車しか運転したことがない利用者が、「タクシー運転手のくせに道わからへんのか」などと言うのなら、一度タクシーの運転席に座ってみたら良い。それが出来ないなら、出来るだけリアルにイメージしてもらいたいんです(難しいとは思いますが)。

自分の知っている場所へ行くのでも、全く知らないお客様を送るというのは、計り知れない重圧のかかる仕事です。

きっとあなた(現在の利用者)は初めての乗務で、その知っている場所へ冷静に、正確なルートで送ることは出来ないでしょう

そのとき初めてあなたはタクシードライバーのすごさを知るはずです。